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2008年6月21日 (土)

横浜にて・・・

今日は全国的に雨だそうである。「だそうである」というのは、私の住む街は今朝の天気予報が見事に外れて、午前中は布団が干せるほどの青空で、これを書いている今も、かなり曇っては来たが、まだ降り出していないからである。

16日に、14日に秋葉原に行ったことを書いたが、先週末に東京方面に行くことになったのはそれだけが目的ではなかった。私には、2001年に放映されたアニメ「コメットさん☆」をきっかけに友人(もちろん男)になった方がいるのだが、その方と横浜に行く予定があったのだ。

考えてみれば、男二人(そう言えば私自身が「男」であることもあまり言ってなかった)で横浜の山下公園あたりに出かけるの図は、結構、・・・である。が、それもよりによって、「横浜人形の家」へ行った。そこで開催されている「リカちゃん&ジェニー 永遠の夢の世界展」が目当てである。

私はタカラトミー(旧タカラ)のファッションドールである「ジェニー」の10年来のファンで、その友人をある時、福島県にある「リカちゃんキャッスル」へ連れて行ったところ、彼も「リカちゃん」のファンになってしまい、今回この催しがあることを知って、一緒に行くことになった。

私自身はもう5年くらいファンとしての行動を最小限にしている。しかし、まだファンクラブの会員であるし(そのファンクラブも今年いっぱいで休止)、もちろんたまには「お迎え」もするのだが、そのペースは10年くらい前の比ではない。後でも少し述べるが、今、まっすぐな気持ちで「娘さん」たちに向き合うことができないでいるからだ。

展示は、世界中の土着の人形の展示、呪術的な人形から玩具としての人形に至るまでの歴史などから始まっていた。そして、やはり私たちを「狂喜乱舞」させたのは、日本の人形の歴史、そして「リカちゃん」と「ジェニー」の歴代の展示だった。

さすがに5年も経つと、その後登場したフレンドドールが分からないのはもちろんのこと、あの当時必死(?)になって覚えた多くのフレンドドールのことも、ふだんの生活ではかなり忘れてしまっている。しかし、不思議なもので、ずらり並んだ娘さんたちを見ていると、だんだん思い出してくるのだ。結果、一緒に来ている友人そっちのけではしゃいでしまい、かなり申し訳ないことをしたと反省している。

その後は、友人の案内で、裏通りや路地を入ったところにある、歴史的な建造物巡りをした。みんな博物館になっており、クーポンのおかげで割安に見学することができた。非常に興味深いものばかりで、有意義な一日だった。

そして東京に戻って、居酒屋でいろいろな話をした。こういうときは、私の方が一方的にしゃべってしまうという悪い癖がある。何度も同じ話をしたり、つじつまの合わない話をしたり。その中でやはり話題に上ったのは、お人形の話だ。以下、長くなるが、どうして人形が好きになって、今は疎遠になっているのかを書くことにする。

私が「ジェニー」を知ったのは今から11年前。当時、職場に居場所がなく、鬱々とした日々を送っていた私は、職場のパソコンから、その頃普及し始めた「インターネット」にしきりにアクセスしていた。アニメ関係のサイトを巡り、掲示板に書き込んでは、レスがあると喜んで、また書き込むという生活を送っていた。今では考えられない話だが、当時はまだそれほどうるさく言われなかった時代である。よく書き込みをしていたサイトの管理人が、ある時「ジェニー」にハマって、そのまま影響を受けてしまったのである。

これがきっかけになって、職場や学生時代の友人以外に「友達」というものができた。ドールイベントで落ち合ったり、「オフ会」というものに参加したり、そういう今まで体験のしたことのないことがとても楽しかった。そのうち長電話をしたりするようにもなった。自然、それに伴って、娘さんたちはどんどん増えていって、いつの間にか手に余るようになってきた(と思う)。

それをその頃、良くして下さっていた方に指摘され、ちょっとしたことから亀裂が入ってしまった。また、今では非常に反省しなければならないことだが、メールを頻繁にしていた女性(途中で既婚と知った)に「好意」を抱いてしまい、「ストーカー」まがいのことをして、音信不通にしてしまった。そのほか、色々とあって、この時の「友達」と疎遠になってしまった。すべては私の方に原因があるのだが、当時は分からなかった。

また、娘さんたちにも、色々と投影しすぎてしまった。私は恥ずかしい話だが、昔から「変身願望」が強い。「魔女っ子」や「変身ヒロイン」もののアニメを、親の目を盗んではどきどきしながら観たりしているうち、かなり思い入れのあるものになりすぎていたのかもしれない。それだけに、服装の着せ替え、しいては「職業」だけでなく、同じ名前のドールであっても、商品によっては髪型や挙句には目の色、時には年齢まで「変身」して現れる彼女たちが、私にとっては、うらやましい以上のものに映った。「変身」に「性的」な欲求を感じていたのも事実で、彼女たちにもそれを求めて投影してしまった。

あの当時、いろいろと良くして下さった別の女性が、「人形は所詮、『工業製品』なんだからね」と忠告してくれたが、今になってその意味が少し分かるようになってきた。投影するものが大きければ大きいほど、その「夢」が覚めたとしても、その時の「思い」が簡単に消えるものではなく、「残滓」としてとてつもなく大きなものとなってしまい、直視ができなくなってしまう。もちろん、物理的な問題もあるのだが、ここまで娘さんたちと向き合えないでいるのは、そのせいもあるかもしれない。もちろん、「言い訳」にしかならないのであるが。

ただ、「人形」が「人形」であることの本質は「思いを投影する」ことにあることも事実で、そうでなければ、わざわざ「人の形」(別に動物の形でも良い)に作ることはない。神話によれば、「人間」だって、神が自分の姿に似せて創った「入れ物」に過ぎないわけで。そして、そのいろいろな「思い」が親から子へ、子から孫へと伝えられていって、今日の「リカちゃん」や「ジェニー」につながっている。また、私たちも、人形を可愛がる子供たちを見ると、その「思い」の一端に触れることができて、やさしくなれるのだと思う。

いつもどおりの「論理の飛躍」で終わってしまった。いつか、本当に近いうちにいつか、自分のわがままでしまいこまれていたり、埃をかぶっていたりする娘さんたちを、まっすぐに見つめることができるようになるよう、私も成長(変身)していたいと思う。

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