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2008年10月

2008年10月26日 (日)

隠された意味・・・

少々風邪をひいてしまったようである。早く寝よう。

題名が意味深だが、別に大それたことを書こうとしているわけではない。車の「ナンバープレート」のことである。

走っている(あるいは駐車している)車のナンバープレートを眺めているのが好きだ。幼少のイチロー選手のように、その数字を使って暗算をしているわけではない。そもそも暗算は大の不得手で、しかも動体視力が必要とされるので、こんな器用なマネはできないのである。

では何が好きなのかというと、まず「地域名」である。もちろん、在住地の地名が圧倒的に多いのであるが、長距離トラックのナンバーはもとより、普通の乗用車のナンバーに離れた地域の名前を見かけると、なんとなく嬉しくなる。また、実家の方のナンバーを見かけると、驚きと親しみを感じ、その車のオーナーは、どういうきっかけでこちらへ来ているのだろう、と思ったりする。

その次は本当に「ナンバー」だ。10年前くらいから、地域名の隣の車種分類番号が3桁になったのに合わせて、「希望番号制」が導入された。「1」や「7」などの単独やぞろ目は抽選なのでそれとすぐ分かるが、それ以外の希望番号と思われるものは、だいたいその分類番号の10の位や1の位が大きいので、何となくわかる。その「希望番号」の「意味するもの」は何かをいろいろと想像するのが好きなのである。

分かりやすいのは「西暦」である。2000番台(例えば「20-02」等)であれば最近なので、多分その車を買った年だし、1900番台(特に1950番台以降)だと、オーナーの生年なのだろうと見当がつく。古い車ならば、その車が世に出た年かもしれぬ。

単純に好きな数字を並べたんだろうな、と思われるのは、左右対称になっている数字(「10-01」等)や連番。あとは「語呂あわせ」だ。

「にこにこ」(25-25)や、「いいパパ」(11-88)等はよく見かける例。そんな中で、非常に傑作だなと思ったのが、「32-98」。初めは何のことなのか全く分からなかったが、ある車種のみに見られるので、しばらくしてからあっと気がついた。「ミニ・クーパー」なのである。

人の名前の語呂合わせも多いようで、そういう「語呂」をいろいろと考えるのが、非常に楽しいのだ。配偶者や恋人の名前をつけていた場合、何かあった場合はどうするのかな、と心配になったりするのは邪推だろうか。

2008年10月22日 (水)

声に出して読みたい「漢字」・・・

今日は幾分気分が良い。先ほど、昨日の記事「今日もだめ・・・」の「嫌いなもの」に追加して、これを書いている。今まで、はっきりと「嫌い!」と言ったことがあまりないので、ある意味、心のバランスを取るためにも良いかもしれぬ。今後気がついたら、適宜追加していくこととしよう。

ところで、「漢字」である。今、文化庁の「文化審議会国語分科会漢字小委員会」という長たらしい名前のところで、現在の「常用漢字表」を見直している最中だという。

今はもうその頃に得た知識がダメになってしまったが、私は小中学生の頃は「漢字」に非常に興味があった。漢字の成り立ちや、その用法の本を読んだり、辞書をめくったりしているだけで、わくわくしたものだった。

現在の「常用漢字表」は1981年(昭和56年)に公布されたもので、私はちょうど中学に上がったばかりの頃だ(年齢がばれる)。「人名用漢字表」の方はこれまで度々改訂されてきたが、社会生活の漢字使用のための「目安」である漢字表の方は、実に25年以上そのままだった、ということになる。

その間には、「日本語ワープロ」の普及と衰退、それに代わる「パソコン」の普及と現在のインターネット全盛時代、といったように、「漢字」をめぐる環境は劇的に変わった。パソコンの性能の向上で、そこに搭載される「辞書」の容量はほぼ無尽蔵となり、手書きの頃には「仮名書き」していたような言葉でも、簡単に漢字に変換できるようになった。その結果、「書けないけれど読める」ということの反面、「書けたけれど書けなくなった」という「弊害」も出てくることに。

「漢字表の改訂」というと「漢字の追加」ばかりが話題に上りがちだが、今日の新聞に、漢字の追加とともに、いくつかの「音訓」が追加される、という興味深い記事があった。

「関わる(かか・わる)」、「速まる(はや・まる)」などは、今まで使えなかったこと自体が不思議だ。「臭い(にお・い)」も「匂い(にお・い)」とともに追加されることになった。今まで「人込み」と書かざるを得なかったのを「人混み」とも書ける。ただ、これまで以上に、「異字同音」「異字同訓」に気をつける必要がある。

「花の臭い」はやはりおかしいし、「期待に答える」は間違い。この場合の「こたえる」は「応える」と書くことができる。でも、「堪える」は認められなかったようだ(今まで通り「た・える」のみ)

私自身は、ある程度の「漢字制限」は必要だと思っている。しかし、このように、新たな「音訓」が認められることで、繊細な日本語の違いを書き分けられるようになることは、非常に嬉しい。私(これも「わたし」の読みが正式に認められるそうだ)の「日本語」は決して「正しい」ものでも「声に出して読みたい」ものでもないが、少しでもその「繊細さ」に近づけるようになりたいと思っている。

2008年10月21日 (火)

今日もだめ・・・

昨日訳分からないことを書いたが、今日もダウナーな日。

◆嫌いな言葉・概念

前向き。ポジティブ思考。未来志向。勝ち組。目標。成果主義。整理・整頓。自助努力。自己責任。資格。数値化。「見える(見せる)化」。 ・・・等々

◆嫌いなもの(食べ物以外)

死。地震。雷。火事(消防車のサイレンも)。血。犬(結構生き物全般)。何事も大げさに報道(?)する「ニュースショウ」や「医学番組」。路上(歩行)喫煙。蛍光管が切れかかっている看板や一部が点灯しないネオンサイン。MacDonaldのハッピーセットのCM。ディズニーアニメ。 ・・・等々

◆嫌いな人種

政治家。「おバカ」を売りにしているタレント(「タレント」って「才能」という意味なのに存在自体が矛盾。そもそも学校で何を学んできたんだ)。労働者に目を向けず政治活動ばかりしている(そちらへ目を逸らさせようとする)労働組合の人間。「セレブ」気取り。(一部の)愛犬家。 ・・・等々

こんなんで、よく「会社員」@「社会人」やってるなあ・・・ たぶん、自分が一番嫌われる人間なんだと思う。

【改訂歴】

Rev. 1 2008/10/22  この色の言葉追加

Rev. 2 2008/10/26 この色の言葉追加

2008年10月20日 (月)

・・・

政治や経済の問題より、すぐ身近に起こりそうな問題、特に「汚い部分」から目を、耳を背けたくなる。「美しいもの」だけ見ていたい。

・・・自分は、「ユートピア」ばかり夢見ているのか?そんなものはありはしないし、所詮は「偽善」そのものだ。

どこかで、何かを、いつの間にか、思いっきり「我慢」して、どこかに閉じ込めてしまったようだ。

それが何かは分からない。

2008年10月14日 (火)

疲れた・・・

朝のうちは晴れ間もあったが、午後に入ってから雨が降り出した。私は、急に天気が変わったりすると、途端に精神的に参ってしまう。会社にいても、全く頭が働かず、椅子に座っているだけで、疲れて仕方がなかった。

まあ、昨日まで3連休で、リズムが崩れたこともあろう。ただ、こういう時は、何かとついていないことが起きるもので、余計に疲れが出てしまう。

その中で最大のポカは、気分転換にと思って自販機のコーヒーを買いに席を立ち、抽出が終わってカップを取り出そうとしたところ、取り出し口の角にカップをぶつけて、その場に全部ぶちまけてしまったことである。一口も飲まないまま100円がその場で消えた。あわててぞうきんを取りに行き、床を拭いていたら、情けなくなってきた。

また、以前DVDを通販で申し込んで支払いを「振込」にしたところ、2週間ほど前に「9月30日から振込用紙をお送りします」とのメールが来ていたのだが、「9月30日から」なので、そのうち届くだろうな、とタカをくくっていたら、今日になって「早く振り込んでください」の督促のメールが。届いていないので、仕方なくこちらから再送のお願いをする羽目になった。支払うつもりがないわけではないので、どこかで行き違いがあったのかもしれなくても、こういうのは非常に気分が悪いものだ。

・・・まあ、ここで終わり。以下は、全く関係のないことを埋め合わせに。

10月も半ばが過ぎ、来年のカレンダーがもう売り出されている。年賀状の印刷申込受付の案内も来た。そろそろ今年1年を振り返るTV番組も増えてくる頃である。

そんな中で1995年から「恒例行事」となったものに、「今年の漢字」というのがある。「漢字能力検定協会」が今年を象徴する漢字1字を公募し、12月12日(「いい字一字」の語呂合わせで「漢字の日」なんだそうな)に発表、京都の清水寺の貫主様により揮毫され、奉納されるものである。バブル崩壊後の景気低迷期に始まったこともあり、これまであまり良いイメージの字が選ばれてこなかったが、今年もあまり期待できそうにない。

私が予想するのは「」。常用漢字表では音は「ジン」、訓は「は」の読みしか認められていないが、あえて「やいば」と読みたい。理由は、言わずもがなである。

2008年10月13日 (月)

「喜び」と「落胆」と・・・

3連休の最終日。休みというのは始ると終わるのが早いものである。結局、とくに用事があるわけでもないのに、このブログすら更新していなかった。

今更こんな話題でもないと思うが、先週は日本は喜びと落胆の入り混じる1週間だった。もちろん、「喜び」の方は一挙に4人もの「日本人」がノーベル賞を受賞したこと、「落胆」の方は株の大暴落である。

ノーベル賞の方は、本当に喜ばしい限りだ。文系人間である私には、受賞された方々の授賞理由の内容は全く分からない。でも、「物理学」や「化学」というものを究極まで突き詰めていくと、「美しい」ものにたどり着くのだなあ、と感じている。また、その方々が授賞理由の「発見」をしてから、今回受賞するまで30年以上の年月が経っている。こんなに長い間、認められるまでくさらずに、ただ黙々と研究に打ち込まれた姿勢に、月並みな表現ながら、本当に頭が下がる。「人生は短く、芸術は長し」と言うが、「学術は長し」と言うべきであろう。

それにしても、これをもってすぐに「子供の理科離れに歯止めがかかると良い」という議論になるのは、非常に短絡的で、それこそ物事の本質を完全に見誤っている。4人の「日本人」とは言うが、南部氏は既に「アメリカ人」であり、下村氏もアメリカ在住で、子供さん(この言い方はちょっとまずいが)は英語しか喋れないという。

「産学共同」が叫ばれて久しいが、「実学重視」ということから、弊害が出ている。こういった「基礎科学」の分野は、「成果」が現れにくい上に、たとえ「成果」が出ても、それを「応用」できる分野がすぐにわからないため、研究への助成がほとんどないという。これは、「文系」の分野でも顕著だ。私学は「学校経営」が根底にあるため、仕方のないところもあるのかもしれない。だから、そういう分野にこそ、「国立大学」の存在意義があるはずだった(小林・益川両氏は名大出身)。しかし、「こいずむ」(小泉+izm)の「規制緩和」により、「国立大学」も「国立大学法人」となってしまい、「経営第一主義」になりつつある。

南部氏と下村氏は、「研究費」がろくに出ない「基礎科学」の分野の優秀な頭脳が、どんどん外国へ流出してしまっていることの、「日本」にとっては非常に「情けない」例なのである。何事も「基礎」を疎かにしては、その上にどんなに積み上げても「砂上の楼閣」に過ぎず、いずれはもろく崩れてしまう。国は、本当はそこに目を向けるべきなのだ。今回受賞の4氏はすべて60歳以上、そのうちお二人は80歳代だ。おそらく、日本からは今後ノーベル賞受賞者は出ない(出ても一人か二人、その後は数十年後)。ノーベル財団は、日本のそういった現状を見透かして今回大放出した、と考えられなくはないだろうか。

「落胆」の方は、もうどうしようもこうしようもない。何もかも、アメリカの大バカのせいである。ヘッジファンドの収益を支えているのは、「ブラック・ショールズ式」と言われる方程式だそうで、その理論を確立したショールズ氏は、「ノーベル経済学賞」を受賞している。その方程式を使って、今回の「サブプライム」を含む「デリバティブ」が多数生まれ、取引されてきた。

まあ、本人の設立した投資会社は10年前に多額の損失を出して、その時も「危機的状況」は起きているのだが、今回は世界を巻き込む事態になっている。先の話ではないが、いかに「実学」だけに頼ると脆いか、の良い例のような気がしている。賞の「剥奪」も考えてはいかが?

2008年10月 7日 (火)

なんだかなあ・・・4回目・・・

前回、「祝!」なんて言っておきながら、更新をさぼっていた。ちょっと「動画中毒」になりかけているので、用心、用心。

ローゼン政権が発足したばかりだが、もともと「選挙管理内閣」のような位置づけと捉えられているので、「いつ解散になるか」が非常に大きな関心事になっている。民主党などは力が入りすぎてしまっていて浮足立って見えるのが、逆に滑稽だったりする。

ただ、非常にタイミングの悪いことに、アメリカ発の「世界同時株大暴落」が起きており、「不況風」が「嵐」になりかけている。ローゼン首相自身が「今は選挙より景気対策だ」と言っているように、自民党にとってみれば「時間稼ぎ」の「良い」材料となっているようで、どこまでも政治や経済は、一般庶民の都合の良いようには出来ていないものだな、と溜息をつきたくなる。

「五日国交相」の出馬断念で、そのまんま宮崎県知事は国政に打って出ようとしたが、結局、立候補を断念したようだ(ただ、未練たらたら)。最近の彼は「宮崎のセールスマン」どころか「タレント」そのものだったので、県民の率直な「出馬反対」の意思が、少しは「苦い薬」になれば良いが。自分自身が「どげんとせんといかん」と反省すべき時が来ている。(人のことは言えないが)

それにしても、アメリカの体たらくである。日本も20数年前に同じようなことをして、世界に迷惑をかけた「前科者」なのではあるが、日本(や世界)には、自分の「基準」を押し付けて混乱させるだけさせておいて、自分自身は何も学ばなかったんだね。「ワールドコム」や「エンロン」をきっかけに生まれたはずの「SOX法」も、何の役にも立たなかった。

2008年10月 3日 (金)

祝!新環境!

昨日ADSLが開通し、新しい環境でこれを書いている。本当は、昨日「第一声」をしたかったのだが、予想以上にセットアップに時間がかかり(再起動を何回やったことか)、くたびれて、時間も時間だったため、そのまま寝てしまった。

それにしても、パソコンのなんと複雑になったことか。「使いやすくなっているはずなのに、どうして?」というのが正直な感想だ。電源を入れてすぐに使えた、前のWindows98の頃が懐かしい。まあ、あれから10年近く経って年を食ったせいでもあろう。確かに最近、他の電化製品の「取扱説明書」を読むことすら面倒になってきた。

それでも昨晩、少しはネットにつないでみた。「YouTube」で動画が見られた時は、正直感動ものであった。一世代前のネット環境とはいえ、私にとっては十分だ。また今日は、ネットにつなぎながら電話もした。今までは考えられなかったことであり、私にとっては大きな飛躍だ。

これで、毎週のようにしていたマンガ喫茶通い(もちろんネットをするため)も減るだろう。初期投資は大きかったが、月々のお財布には、少しはやさしい生活ができそうである。・・・その分それ以外に使いそうではあるが。

これから新しいネット生活が始まる。新しいパソコンさん(なでこ、なでこ)、不束者ですが、どうかこれからよろしくですっ。(by 灯里)

【おまけ】

前のパソコン「e-One」について、ちょっとググってみたら、こんな記事を見つけた。私が購入する少し前の記事のようだ。「購入は夏」と書いたが、これによれば勘違いで「冬」だったようだ。まだ記事が残っていること自体も驚きだが、いつの間にか「SOTEC」という会社自体もなくなっていて、オーディオメーカーである「オンキヨー」のブランドになっているそうだ。南野陽子がCMしていた・・・これを知っているのはチーム30後半か40か?

 ※「e-one」、銀パソになって再登場 ~ ソリッド単色なら仮処分決定に違反しない ─ソーテック 大辺社長~

   http://www.watch.impress.co.jp/pc/docs/article/990928/sotec.htm

2008年10月 1日 (水)

最後の日・・・

珍しくこれを平日に書いている。何故かというと、今日が「最後の日」だからである。別にこのブログの「最後の日」ではない。では何が「最後」なのかというと、「ダイヤルアップ接続」の最後の日であり、またそれに伴って、今使っているパソコンを使用するのも実質上最後の日となる。

以前、自分の環境がもう限界かもしれない、というようなことを書いた。実際そうであり、これを書くのに当たってパソコンを立ち上げるまで、10分以上もかかった。しかも、最近のウェブサイトはどこもかしこも重く、動画などを見ることは望むべくもない。加えて、OSは既に言うに及ばず、ウィルス対策ソフトも、おそらく今年中にはサポートが切れるので、これ以上使い続けることは無理だと判断したのである。

それで、どうしたかというと、9月の中旬に新しいパソコンを購入した。ネット環境はというと、既に1世代前のADSLにした。現在住んでいるのが寮であり、いろいろと面倒なことが多い「光」は避けたのである。それが開通するのが明日ということで、今日が「最後の日」ということになったのである。

前置きが長くなった。今のパソコンについて少し書いてみようと思う。購入したのは、既に前世紀である1999年の夏頃だったと思う。しばらくはネットにつながず、つないだのは翌年の3月だったらしい(メールのログから)。機種は、その頃新興のパソコンメーカーとして急成長中だった「SOTEC」の「e-ONE」。意匠がその当時のアップルの「iMac」に酷似していると問題となって、色を銀色にしたばかりの頃のモデルである。

スペックは、OSがWindows 98SE、CPUはIntelのCeleron 500A、ハードディスクは12GB。CD-ROMドライブは音楽CDなら電源を入れなくても再生でき(なんか面白い)、FDドライブ、USBポート2つ、デスクトップパソコンなのに、PCカードスロット(懐かしい・・・)が2つ。いろいろ「おまけソフト」はついていたが、今のパソコンと決定的に違う特徴と言えば、「ジャストシステム一太郎モデル」であること。当時は、「Ms-Officeモデル」を選ぶとそれだけで1万円以上割高になったのである。

今のパソコンにはもちろん及ぶべくもないが、その頃いちばんコストパフォーマンス的に「お買い得」だった。人形趣味で知り合った、パソコンに詳しい、当時の友人に選んでもらった。しかし、このパソコンのスペックをフルに駆使するような使い方は、自分が面倒くさがりやということもあり、残念ながらしていない。その点は、非常にパソコンに申し訳ないことをしたと思っている。

ただ、特に7年前の「コメットさん☆」にハマっていた頃は、放映が終わるとすぐにファンサイトに接続し、掲示板へ感想を書きまくった。また、当時としては非常に新しい試みであった、一般人による、著作権団体の許可を受けた「インターネットラジオ」を毎週のように聴いた。聴きながらチャットをしたのも、良い思い出である。ここで知り合った方々とは今でも交流を持たせて頂き、会社の中で孤立していた私に、新しい世界を教えてくれた。この点では、本当にパソコンに感謝しなければならない。

今後は、新しいパソコンへデータの移動をするときくらい(ほとんどは既にUSBメモリへ移してあるが)に立ち上げる程度だと思うが、そう遠くないうちに処分することになろう。本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

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