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2008年12月 9日 (火)

ざんげの値打ちもない・・・

この題名の曲をご存知の方はどのくらいいらっしゃるだろう。「北原ミレイ」という歌手の代表曲である。この歌をご存知なくても、「石狩挽歌」ならご存知かもしれない。「あれからニシンはどこへ行ったやら。・・・おんぼろろ、おんぼろぼろろ。。。」である。

この「ざんげ・・・」は、デビュー曲で1970年のことなんだそうだ。私はその頃はまだ幼児だったが、母親が好きな曲で何となく覚えており、歌ったことはないがたぶん歌える。なぜこんな古い曲の題名をこの記事のタイトルにしたのか、これから書いていくこととする。

先ほどの記事で、「とうとう引っ越す羽目になった」ということを書いた。その片づけやら荷物のまとめやらが終わらない。あまりにも、「いるもの」「いらないもの」がごちゃごちゃになってしまっていて、収拾がつかない。恥ずかしい話だが、今週末、両親がはるばる手伝いに来てくれることとなった。

本(おもにマンガ類)、雑誌、CD、DVDが気がつくとすごい量になっていた。雑誌類はとにかく中を見ないようにして少しずつ捨てているが、もともと捨てることができない私のこと、なかなか減らない。CD、DVDはとにかく、箱に詰めるしかない。試しに詰めてみたら(まだそれ以上にあるのだが)、重くて、ぎっくり腰になりそうだった。

どれだけ「無題遣い」してきたのだろうと、こういう時に、本当に後悔する。まあ、しても始まらないし、今ここにこうして生きていられるのも、これら「趣味」のものあってのことだ。これは、大げさでも何でもない(多少、大げさかな)。「友人」に恵まれたからである。これからは、もう少し整理して、大事にしていきたいと思う。

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しかし、それ以上に、「ざんげ」しなければならないのは、「お人形」たちに対してである。私はその当時の友人の忠告と、自分自身の失敗、製造元の旧「タカラ」のお人形展開の失敗などを機に、「お迎え」は6年前くらいから抑えているが、それでも、11年前に収集を始めてたったの5年たらずのうちに、すごい人数になってしまっていた。その数、なんと100人余り。それ以外にも、ドレスの数々。

6月21日付記事「横浜にて・・・」の再録になってしまう点があることはご容赦頂きたい。インターネットをきっかけに始めたお人形収集は、やはり「寂しさ」を紛らわすためだった。また同時に、インターネットによる「友人」もでき、少し広い世界も知ることができた。文字通り「窓」が開かれて、私は確かに「自分が存在しても良い」という、かすかな「確証」を得ることができた。それは間違いがない。

なぜなら、私がもっと別の分野(オタク的なものはもちろん、美術館巡りが大きい)へも進んだり、友人を得ることができたきっかけは、アニメ「コメットさん☆」だが、それを提供していたのは「タカラ」だったからだ。「ジェニー」の新製品情報が目当てだったとはいえ、2001年の「おもちゃショー」でタカラのブースに行かなければ、「コメットさん☆」を知ることはなかった。

しかし、たぶんそれ以上に、自分が「ジェニー」に惹かれたのは「変身願望」が大きい。当時の「ジェニー」シリーズの箱には、「JeNnY is another yourself (ジェニーはもう一人のあなた自身)」というキャッチフレーズが印刷されており、当時は非常に的を射た言葉だと感心していた。ただ、やはり「変身」=「エロチック」なこと、という図式が自分にはある。それゆえ、どんな姿にも「変身」できるお人形がうらやましく、艶めかしかった。その欲求を満たすために、やたらと買い込んだのだと思う。こうなると「お迎え」などという「奇麗事」ではない。

そのうち、自分が非常に大きな過ちを犯し、お人形に対し、正視できなくなってしまった。今回、引っ越しをするに当たって、久しぶりにほこりをかぶっていた箱を取り出し、ほこりを払って箱に詰める作業をしているうちに、自分がとうに忘れてしまっていた、当時の友人たちから頂いたりしたお人形が、手紙と一緒に出てきたりした。

過去と向き合う時が来たのかもしれない。お人形に対しては、「ごめんなさい」では済まないくらいひどい仕打ちをしてきた。特に、一番のお気に入りだった10人ほどは、この数年全く顧みられないまま、ほこりをかぶっていた。昨日、ひとりひとり、洗った。

しかし、どうしても見つからない「ひとり」がいる。それは、自分の過ちに関係のある方に「変身」させて頂いたお人形だ。昨日洗った中にいるのかもしれないが、そうであっても区別できない。多分、この中にはいない。改めて自分の罪深さを悔いた。

お人形に対する罪はたぶん、消えることはない。ただ、少しでも罪滅ぼしになるのなら、と、その10人ほどについては、昨日からお人形遊びの原点である、抱きしめと添い寝をすることとした。

引っ越し先では、少し大きな棚を買おう。そして、順番に飾ろう。それができないのなら、少しでも箱から出そう。

【12月11日追記】

見つからなかったお人形が今日見つかった。他の2人といっしょに。自分だったら絶対嫌だったであろう、暗い狭い所にずっと閉じ込めておいて、本当にごめんね。知らず知らずのうちにやっぱり、「ないことにしていた」んだと思う。見つかってくれて、本当にありがとう。

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