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2009年2月

2009年2月19日 (木)

Carole King・・・

君が落ち込んでいて、どうにもならなくなって、
助けてほしいと思ったり、何もうまくいかなかったりする時は、
瞳を閉じて僕のことを考えてみて。
そうしたら、僕はすぐにそばに行って、真っ暗な夜さえ照らしてあげる。

君が僕の名前を呼びさえすれば、僕はどこにいたって、
君にすぐに会いに駆けつけるよ。
冬だって、春だって、夏だって、秋だって、君は僕を呼びさえすればいい。
そうしたら、僕はそばに行くよ。
君には友達がいるんだよ。

もし君の上の空が、暗くなって、とっても曇って、
あのくすんだ北風が吹き始めたとしても、頭は下げないで。
大きな声で僕を呼んで。
そうしたらすぐに、僕は君の家のドアをノックするよ。

君が僕の名前を呼びさえすれば、僕はどこにいたって、
そうだよ、君にすぐに会いに駆けつけるよ。
冬だって、春だって、夏だって、秋だって、君は僕を呼びさえすればいい。
そうしたら、僕はそばに行くよ。

君に友達がいるってことは、素晴らしくはないかい?
周りの人たちがとても冷たくても、君が彼らを見放したりしたら、
彼らは君を傷つけたり、見放したり、心さえ奪ってしまうよ。
でも、君はそんなことはしないはずだ。

君が僕の名前を呼びさえすれば、僕はどこにいたって、
君にすぐに会いに駆けつけるよ。
冬だって、春だって、夏だって、秋だって、君は僕を呼びさえすればいい。
そうしたら、僕はそばに行くよ。絶対行くよ。

君には友達がいるんだよ。
君が僕の名前を呼びさえすれば、僕はどこにいたって、
君にすぐに会いに駆けつけるよ。
冬だって、春だって、夏だって、秋だって、君は僕を呼びさえすればいい。
そうしたら、僕はそばに行くよ。絶対行くよ。
君には友達がいるんだよ。

君には友達がいるんだよ。
君に友達がいるってことは、素晴らしくはないかい?
君に友達がいるってことは、素晴らしくはないかい?
君には友達がいるんだよ。

2009年2月17日 (火)

ABBA・・・

チキチータ、どうしたの?悲しみにとらわれているみたい。
あなたの目には、明日への希望が映っていない。
私はこんなあなたを見るのはいやだな。それを否定するなんてありえない。
私には、あなたがとても悲しみに沈んでいるように思える。

チキチータ、本当のことを教えて。私はあなたに肩を貸すことができるよ。
私はきっとあなたの力になれる友達の一人。
あなたはいつも自分自身を信じてきた。でも今は、羽が飛び散ってしまったよう。
一緒にその羽を治せたらいいな。

チキチータ、私たちは知っているはずよ。
心はどうしたら傷ついて、どうしたら癒えるのかを。
そうしたら傷跡だって消えていくわ。
きっともう一度踊れる。心の痛みも消えて、悩んでいる暇なんか無くなるわ。

チキチータ、あなたと私は今は泣いているけど、太陽はまだ空に会って、あなたの上に輝いている。
前みたいに歌うのを聴かせて、新しい歌を歌って、チキチータ。
もう一度前みたいに歌ってみて、新しい歌を歌って、チキチータ。

そう、壁が崩れてきて、あなたの愛がろうそくの火のように吹き消されたのね。
全部なくなってしまって、どうしようもなくなってしまったようね。
チキチータ、本当のことを教えて。。。

2009年2月14日 (土)

酔っぱらいの戯言です・・・

今日は久しぶりに、一人でたくさん飲んでしまった。よって今から書くことは酔っぱらいの戯言です。

2月だというのにものすごく暑い日だった。とうとう花粉症が始まった。朝起きた時から鼻水が止まらない。やっぱり地球温暖化は確実に進んでいると思う。それ以上に今日は「バレンタインデー」だって?生まれてこのかた、全く関係のない人間にとっては、どうでもよい日である。

バレンタインデーと言えば、「バレンタイン・キッス」である。この20年以上も前の曲がいまだにこの時期に流れるのは、演技派の評価を得つつある「国生さゆり」にとっては「黒歴史」だと思うが、この強烈な曲(と歌唱力)は、古今東西、空前絶後だからどうしようもない。しかし、この曲を知っているのは、いわゆる「アラフォー世代」。バレンタインで本当に忙しい世代には、もはや分からないと思う。これから先、いつまでこの曲が流れるのか、非常に興味深い。

小泉は自分がまいた種なのに、今になってあのようなことを言うのはいかがなものか。しかも古い自民党の体質をぶっ壊すと言いながら、ちゃっかり息子に世襲している。で、その発言に自民党内が右往左往している。別に自民党のシンパではないが(逆に嫌い)、良くも悪くも半世紀近く政権の座に座っていた政党のしていることとは到底思えない。この「みぞうゆう」(ローゼン太郎ちゃんのあの発言以来、本当に最近、ニュースで「未曽有」という言葉を使うことが増えたね。)の事態に、何を考えているのかね。

以上、酔っぱらいの戯言でした。

2009年2月12日 (木)

なんだかんだで1か月・・・

懐かしいABBA(本当は2番目のBは裏返し)の「ダンシングクイーン」をTVで聴いていてちょっと「ノリノリ」だったら(うわ~、古い表現!)、その次に「豆鼓(とうち)エキス」のCMが流れてきて、その気の抜けた歌と音楽にガッカリ。。。

さて、こちらに拠点を移して1か月経った。初めの2週間ほどは本当に「疲労困憊」だったし、今でも昼間かなり疲れた状態になっていることも多いが、それでも、少しは落ち着いてきたような気がする。

まあ、家事の超初心者にしては、なんとかやっているのではないだろうか。今のところ、ほとんど外食していないし、洗濯とトイレの掃除は欠かしていない。そのおかげで、好きなことがほとんどできていないのは、ちょっと欲求不満ではある。

料理は相変わらずレパートリーがない。ただ、「にんじん」や「ホウレンソウ」のおいしさに最近気が付いてきて、毎日のように、炒めるなり、レンジで「ゆでる」なりして食べていて、冷蔵庫から欠かしたことがない。

しかし、食費がかかることには本当に辛い。割と食べるほうなので余計だ。また、光熱費も非常に高い。家事に慣れていないこともあって、かなり「無駄」に使っていると思われる。

あと半年もしたら慣れているだろうか。早く好きなことにも復帰したいと思っているところである。(そういうことなのであまり書くこともない。。。)

2009年2月 3日 (火)

鬼は外、福は内・・・

「何を寝ぼけたことを、それは明日だろう」と突っ込まれるのはごもっともである。しかし、本当にそれを今日やったのである。

私の勤めている事業所には、「鎮守の神社」がある。正確に言えば今は別の「宗教法人」格をもっているが、年始や重要な製品を納めるときなどは、事業所の幹部も出席して、一年の安全や工事の安全、しいては事業の成功を祈願する。そういうことでなくても、春には「桜」が美しく、花見でにぎわう。大きなお社ではないが、きちんと整備された境内を持っている。

そこで毎年「節分追儺(ついな)祭」が執り行われる。簡単にいえば、節分のお祭りだ。別に誰が出席してもよいのだが、特に年男・年女、前厄・本厄・後厄の人が「厄払い」のために出席するのが通例。本当は明日が節分ではあるが、宮司さんの都合と、毎年事業所幹部も出席するので、その都合にも合わせて今日になったのだろう。

私は今年が「本厄」なので、初めて出席してみることにした。そうしたら、同期の人がちらほら。結構、みんな気にするものなんだな、と少しおかしかった。

お祓いを受けるためにお社の中に。人数が多いために、全員が玉串を捧げることはなかったが、祝詞では全員の名前が呼ばれる。久しぶりに直接のお祓いを受けたので忘れていたが、そういえば、名前は歴史上の人物みたいに、姓と名の間に「の」を入れて呼ばれるのだった。

「二礼二拍手一礼」などして、お神酒を頂いたら、いよいよ「豆まき」。いろいろ流儀はあるのかもしれないけれど、ここではまず「福は内」を2回、「鬼は外」を2回、そして再び「福は内」を1回。毎年、豆をまいてはいるが、こんなに大声を出して豆をまいたのは、本当に子供時代以来である。楽しかった。そして、お札(ふだ)や破魔矢などを授かって帰宅した。

自分は本当に「信心深い」か、と言えば、そうでもない。しかし、まだ割りと、「いろいろなものに『魂』が宿る」という「アニミズム」に似たバックグラウンドは持っていると思う。

毎年、正月の夜には地元の神社に初詣に行くし、今年は「伊勢神宮」にも行った。実家は「真宗」だが、それでも神社に行くと、独特の「張りつめた」緊張感を感じて、背筋を意識するような厳かな気持ちになる。特に年を重ねていくとともに、その感覚が強くなってきたような気がする。

とにかく、今年、環境が大きく変わった。こういう時に、病気や怪我など、いろいろと災厄が起きやすくなる。気を引き締めて、今年一年を過ごしていきたいと思う。

2009年2月 2日 (月)

久し振りの休息・・・

「1月は行き、2月は逃げ、3月は去る」とか言われる。もう2月になってしまった。本当に1月は何をしていたのか覚えていない。

先日「疲労困憊・・・」なる箸にも棒にもかからぬボヤキを書いたりしたが、その後ある人から、「余裕がないのは、一生懸命な自分を演じていて、『そうしなければ』という強迫観念になっているから」だと忠告された。非常にすとんと胸に落ち、何か救われた気がした。

「強迫観念」というのは本当にそうかもしれない。今まであまりにもだらしない生活をしていたこともあって、「借家なれども一国一城の主」という意識が強過ぎているのだ。また、前にも書いたが、私は自分のことを「客観視」する癖がある。それが、何かと自分を追い詰めたり、あるいは「悲劇のヒロイン(女ではないが)」を演じたりする悪循環を繰り返す原因となっているのは、もう百も承知のはずなのに。。。 気付かせてくださってありがとうございます。

ところで、1月最後の日は、こちらは「台風」ではないかと思うくらいの暴風雨だった。それこそ、食材の買い物を「しなければならない」日だったが、車を持たない私は、びしょぬれになるだけなので、外に出ることができなかった。そこで自然と一日中、アパートの部屋で過ごすこととなった。

TVをただ何となく長時間見ていることができたのは、本当に久しぶりだった。普通は悪天候だと気がめいってしまうものだが(実際私は気圧の低い日が続くと調子が悪くなる)、昨日は、「なんとか頑張っている私への神様のご褒美」だと思って、思いっきりのびのびすることにした。

そこで良い番組があった。BS2での「さだまさし」の特集番組である。

私は「まっさんファン」と言えるほど、聴き込んでいる人間ではない。学生時代に、まだ文化放送で「セイ!ヤング」をやっていて、そこで彼の軽妙なトークに惹かれてコンサートに(トークを聴きに)行くようになったことがきっかけで、「好きな歌手」だと言える程度。まあ、カラオケでマイクが回ってきたりすれば彼の曲を歌うが、液晶画面に浮かぶ曲のほとんどは、知らないものばかりなのである。しかも、我が町には2年に一度くらいコンサートがあったが、10年くらい前を最後にそれも途絶えてしまった。

彼の思い出話やゲストとの対談も良かったが、やはり選曲が良かったと思う。流行った頃には「大バッシング」を浴びたという『関白宣言』が、あんなに良い歌だと思わなかった。それに、ラストの『修二会』『風に立つライオン』は、もう「素晴らしい」の一言に尽きる。

どちらも以前に行ったコンサートで生で聴いたことがある。前者は16年前の歌だというから、たぶん発表されたばかりの頃にコンサートで聴いたのだろう。文語調の歌詞が非常に難しいが、激しい歌だということは何となく覚えていた。しかし年を経てある種の「凄み」が増し、「戦慄」が走った。

『風に立つ・・・』の方は、もう、涙があふれて。。。 

前々総理が「はーと」の方でなく、こちらの「風に立つ」方が好きだったら、今の日本の窮状は、もう少し違っていたものになっていたかもしれない、というのはうがった見方だろうか。

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