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2009年4月26日 (日)

飲まずにやってられるか!!!

訳の分からない天気である。昨日は一日中雨が降っていて、しかも寒くて寒くて「こたつ」までつける始末。今朝は今朝で、大雨が降ったかと思えば急に晴れて、全く天気が信用できない。洗濯物が乾かず、非常に困っているのだが、こう訳が分からないと、外に出すこともできない。もうすぐ「初夏」だというのに、こうも天気が安定しないのは、もう地球も終わりなのかもしれない。

先日、某グループの某メンバーが酒に酔って、衣服を脱いだ状態で独りで騒いでいたところを逮捕される事件があった(具体的に書くとググられたときに、こういう関係ない記事にあたるので、読者に配慮)。しかも「家宅捜索」までされて。もちろん、泥酔状態の人間は私も好きではないし、みっともないが、故意に「見せた」わけでもなく、ましてや「薬物反応」もなかった、ただの「大トラ状態」の人間に、そこまで「公権力」が介入しても良いものなのだろうか。この某メンバーは「加害者」ではない、「公権力の被害者」だ。人権救済の裁判を起こしてもしかるべきだと思う。

その某メンバーは、華やかではないが、そのグループの中でも「いい人」と受け止められている。確か何年か前に、その名もずばりの「いいひと。」という漫画原作のドラマの主人公を演じていたはずだ。バラエティ番組の中でもビールを堂々と注文して、飲んでご機嫌、というところはよく見たことがある。それだけ酒は好きなのだろうが、今回の騒動では、「ばかやろー」とか相当荒れていたらしい。「いい人」には「いい人」なりの「ストレス」と「プレッシャー」があったのだろうと推察する。

自分は自分で、最近少し不安定である。酒量が増えている。外に飲みに行くよりも、自室で飲んでいる。

私は酒は嫌いではないし、結構「イケるクチ」(但しほとんどビール限定)ではあるが、昼間に飲むことだけは、できるだけしないようにしている。昼間の何かの集まりなどで、酒が供される時があるが、量を飲まない。というのは、その日のうちに「二日酔い」状態になってしまうことが多いのと、やはりどこか「昼間から酒は飲むものではない(みっともない)」という、変な「倫理観」がある。

それを昨日は昼間に缶ビールを2本空けた。非常にやりきれなかったからである。そして晩には、夕食を作るような気にもなれず、宅配ピザで済まし、さらに缶酎ハイを2本。

いまさら言うまでもなく、世界中不景気である。私の勤めている会社も大赤字を出して、「時短」という名の「賃金カット」を強いられ、今月は2回の金曜日が休みとなり、今週末はそうだった。こういう状況が今年度いっぱい続く。しかし、心配なのは、東京の友人。

勤めている会社を今月いっぱいで辞めることになった。実際は「辞めざるをえなくなった」か、もっと言えば「辞めさせられた」。「人員整理」の前段階で、彼には全く不適応な部署に転属させられて、成績が出なかったのである。(ごめん、あまりここで個人的な事情を書くのはいけないと思うが、どうしても納得いかないから。>S君)

私の会社は、おそらく彼の会社の利益の数千倍以上の赤字を出しているが、とりあえずつぶれてはいない。まあ、一部の事業部門は大変な思いをしているし、経営陣は「責任を取らされた」けどね。

そういう「のほほん」としていられる人間が、こういう「パワハラ」に近いやり方で辞めさせられる人間に、どう声を掛けてあげらたらよいのだろう。彼の上司も苦しかったと信じたいが、あまりにも不条理だ。

こんな例が世間に蔓延している。私は大元凶アメリカ発の「金融危機」の影響は、日本にはまずほとんどない、と思っていた。「経済にお詳しい評論家」の方々から言わせれば、「甘チャン」だと思われるかもしれない。でも、予想以上に深手を負ったのは、今の「政治屋」と「経営者」の「無策」のせいでしかない。また、その背景には、「人を大切にしない」風潮を作り上げた「Takenaka-Koizm」がある。

「無策」になっているのは、政治屋がよく口にする「ねじれ国会」のせい?馬鹿を言え、参議院で野党が過半数を握っていたのは、20年前にもあった。しかもそれは12年くらい続いた。もちろん、その間に与党に協力する野党も現れ、表面上は解消されていたが、政策は「是々非々」でやっていたはずである。国会が与党だけになったら、それは戦前の「大政翼賛会」である。その方が怖い。

まあ、こんなことを言っても始まらぬ。「衆愚政治」は私も含めた有権者のせいでもあるのだから。

話を元に戻す。「偽善」という言葉がある。対極は「思いやり」なのだろうが、本当の「思いやり」なんてあるのだろうか。

昨日の冷たい雨の中、「あしなが育英会」の高校生たちが街頭に立って、募金活動をしていた。100円ほど募金した。これは、彼らよりも少しでも「優位」に立っている者からの「施し」であって、単なる「自己満足」ではないのか。

そして「かけてあげられる言葉がない」なんていうことを言っている言葉、こんな記事を書いている行為自体が、「偽善」ではないのか。

この「やるせなさ」はどこに持っていくべきなのか。だから、さっきのように政治屋や経営者につばを吐きかける。でもそれは「天に唾すること」。結局は自分に戻ってくる。自分自身の「無為無策」が、今度は暴露される。そして、それをごまかすための自己満足→偽善の繰り返し。

今は、彼の再就職がすぐに決まることを祈るしかない。S君、君自身は決して悪くない。だから、必要以上に自分を卑下することなく、自分の今までの「キャリア」に胸を張って、新天地を求めて行って欲しい。

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コメント

こんばんは。
偽善、響きはよろしくありませんが、島田紳助氏が「偽善だってやらないよりはやった方が良い。」とテレビで話していました。
私もそう思います。
優位な立場はいつまで続くか分かりません。
自分が底辺で過ごす時、偽善であってもその施しを受けます。
「持ちつ持たれつ」ということで如何でしょう。

でも、毎回のこの文章量、驚きです。
よいしょさんには秘めた力を感じます!

その力は爆発させないように、上手に発散してくださいね!
応援してます!

ども!さん、コメントありがとうございます。

そうですよね、日本語には「持ちつ持たれつ」という美しい言葉がありますよね。

それがどこで間違って、一方的に、強くて社会的に影響を与える者が「勝ち」で、弱くてその「強者」の「おこぼれをもらうしかない」(と思い込まされている)者が「負け」、なんていう風潮が出来てしまったんでしょうね。

強者はいつまでも強者で、弱者はいつもまでも弱者、こんな不平等な社会はないです。本当に平等な社会というのは、頑張った人が認められるのはもちろんですが、運悪く沈まざるを得なかった人にも等しく手が差し伸べられて、チャンスが与えられる、というごくごく当たり前のことなんです。

まあ、だから「甘チャン」と言われるんでしょうけどね。


書くことは、支離滅裂になりがちですが、割と好きですね。しかも「書く」ことそのものよりも、「推敲する」方が楽しいです。今は昔と違って、簡単に修正ができるので、余計です。

ということは、やたら時間がかかる訳で、気力が充実していないと、または反対にやけっぱちになっていないと書きあげることができません。だから「毎日更新」というブログでは常識なことができないのです(汗)

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