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2009年5月23日 (土)

生誕80周年・・・

このところ少し帰りが遅くなっていたこともあって、なかなか落ち着いて記事を書くこともできずにいたが、今日は例の「賃金カットの日」であるために、こうして書くことができている。ただ、またやりきれずに昼間に酒を飲んでしまったので、少し眠い。こうしただらけた習慣は癖がつくと治りにくいので、いい加減、改めなければならない。

先週の週末、東京の友人S君に会った。この間も書いたとおり、彼は今仕事を失っているが、職業訓練などをして、再就職活動をしているらしい。わりに「元気」そうに見えた。しかしこれは、入院中の病人に面会に行く時の常套句である「割と元気そうで安心した」と同じであり、心の内までは分からないので、非常に無責任な言い方だ。ただ、こうした大変な時に、誘ってくれて感謝している。

目的は、現在両国国技館の隣にある「江戸東京博物館」で開催されている「手塚治虫展」である。この展覧会は、今年で手塚の没後20年、同時に生誕80年を迎えたのを記念して開かれたものだ。そういえば、手塚は「平成」に時代が変わった年(平成元年)に亡くなったのだった。

S君は主に手塚の少女向け作品である「リボンの騎士」等のファンである。私自身は、というと、手塚の「代名詞」とも言える「鉄腕アトム」ですらほとんど知らないくらい非常に疎い。ただ、我々の世代は、「ブラックジャック」や「三つ目がとおる」などの「チャンピオン」・「マガジン」を中心とした、手塚が「少年漫画」のジャンルで描いていた最後期の頃を、オンタイムで知っている最後の世代であり、医者通いの多かった子供の頃は、待合室に置いてあった雑誌で断片的ながら、手塚のそうした作品に触れる機会があった。

展覧会は、量・質ともに圧倒的な迫力をもって迫ってくるものだった。昆虫好きで有名だった手塚の子供時代の精密な蝶のスケッチや、小学生時代に同級生に回覧した小冊子など、よくこんなものが残っていたなと感じるとともに、何事もとことんやらなければ気が済まない彼の性格は、もうこんな時から片鱗を見せ始めていたのだと感心しきりであった。

展示は大まかな年代順に、その時々の大きな「テーマ」ごとに、作品とその原画、映像などが並べられていた。そこには簡単に「ヒューマニズム」という一言では語ることのできない、手塚の作品世界が展開されていて、特に青年向け漫画にその傾向が強いことがよくわかった(手塚ファンからは怒られそうな感想しか言えないのが悲しい。。。)。

引っ越しの時にお世話になったI先輩が、手塚の作品の特徴に「二面性」という言葉を使った。先輩はどこかの記事の受け売りのようなことを言っていたが、非常に的を射た表現だと思う。もう既出で人口に膾炙されていることだとは思うが、あえて言うと、この「二面性」は、「善」と「悪」、「強」と「弱」、「美」と「醜」(単に容姿のことを指さない)、「大人」と「子供」、「生」と「死」、「永遠」と「刹那」などという非常に「分かりやすい」図式の他に、彼の作品の「二面性」の根底にあるのは、私は絶対に「男」と「女」だと思う。

前半に挙げたものが、時代や、置かれた立場や状況により、しばしば入れ替わることは、いまさら言うまでもない。また、「子供」は時が経てば「大人」になる。手塚作品の主人公たちの「苦悩」は、常にそういうところにある。しかも「善悪」については、時に「思いやり(=「善」)」の同義語として(日本語では)とらえられがちである「ヒューマニズム」とは違い、その「悪」は絶対的なものではなく、また、「悪」の部分も含めて「人間」だという、「人間性」という意味での「humanism」に根ざしている。

ただし、「男」と「女」については、「生物学的」には入れ替わることは無理だ。「男装の令嬢」たる「リボンの騎士」にとどまらず、そこに超科学的・魔法的要素の「変身」というテーマを絡めることで、それを可能としている作品が数多い。そこに幼少の「宝塚少女歌劇団」体験の影響があることは、非常に有名な話だ。

また、「男」と「女」の入れ替わりについては、今はやりの「ジェンダーフリー」という問題の原点に、早くから気が付いていたように思われる。特に青年漫画に見られる女性の「したたかさ」は、怖いほどである。

そして手塚の描く「変身」は時に「エロチック」で、彼自身もおそらくそこに「フェティシズム」(当時の日本にそんな言葉はなかったが)を感じていたはずだ。「ふしぎなメルモ」は端的だが、動物への変身にもそれが見られる。元々手塚の絵の線はやわらかく、それを増幅させている。私も、非常に偏向しているが、同じように「変身」に「エロチシズム」を感じる。以前にも書いたが、「お人形」にはまったのも、そこに原因がある。

おそらく手塚は、「二面性」の入れ替わりの「記号」として、「変身」という超常現象を用いたのであろう。外見の変化は、それを一番分かりやすくする。同時に、人間は常に変わり続けるもので、時には性別を超えてそうありたいと願うものであり、そして何より彼自身が、常に変わり続けたいと願っていたのだと思う。

。。。ごめんなさい。あまり手塚の作品を知らない人間が書くものではないね。ググってここに来た方には、こんな駄文を読ませてしまって本当にごめんなさい。某巨匠の手塚に対する「敵愾心」について言いたいことは、このあと。

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