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2009年6月

2009年6月24日 (水)

晴れてはいないけれど・・・

090624_0817 出勤途中に見た空の色。どんより曇っているけれど、この雲の重なり具合と色合い(グラデーション)が、墨を白い紙にぼかして塗ったようにきれいだったので、思わず撮影してしまった。

ただ、それだけが妙に嬉しかった梅雨の朝のことでした。

シュークリーム分・・・

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先々週の東京行きでは、例によって秋葉原に行ったのであるが、某アニメショップで、見慣れない「あずまんが大王」が並んでいた。版型が変わっており、帯に「新装版」とある。出版社まで変わっており、「メディアワークス(現在のアスキー・メディアワークス)」から「小学館」になっていた。

表紙には「大阪さん」がただ一人、というシンプルさ。

思わず買ってしまった。今回の引っ越しで、相当数のコミックを捨てたのだが、捨てられなくて持ってきた旧版があるのにも関わらずである。早速読み比べてみた。

こんな新装版が出たのは、小学館で新創刊した「ゲッサン(月刊少年サンデー)」で、「補習」として連載があるかららしい。この巻は「1年生編」で、その分はもちろん加わっているのだが、それ以外の部分でもかなり広範囲にわたって「加筆・修正」がなされている。作者の「あずまきよひこ」さんは、このマンガの連載に当たって、タイトルが「あずまんが大王」となったことがずっと不満だったそうだが、第一話の柱の「ゆかり先生」のセリフが、「やなタイトルだな」から「やっぱりやなタイトルだな」に変わっていたのには、「加筆・修正」の中でも、非常に愛嬌がある。

その「加筆・修正」であるが、一回分の中の1本を取り換えたり、あるコマだけを差し替えたり、というところがあるので、前のコマと絵の雰囲気が変わってしまっているところがある。まず、ずいぶんすっきりした線になっている(「よみ」にいたってはダイエットに成功したようだ(笑))。トーンの使用も少なくなり、旧版で使用していたところまで省いていたりする。

新装版を買おうと思った理由は、旧版と比べてみたい、と思ったからだけではない。帯にあった「21世紀の4コマ漫画はここから始まりました。」のコピーに惹かれたからである。

まず、作品の「フォーマット」として「あずまんが」から影響を受けたものは、枚挙にいとまがない。「ストーリー4コマ」は昔からあったようだが、広く認知されるようになったのは「あずまんが」からだったように思う。また、何といっても、学園での女の子たちの群像を描いた「萌え4コマ」の先駆けだった。複数の女の子たちが、それぞれに魅力的な個性を与えられ、役割(ボケ・ツッコミ)を分担したり、それを時に入れ替えたりする構図は、現在では珍しくない。作品の舞台になっている「学園」ですら、大体が「そのあたりでは有名校(進学校)」という設定だ。

そして、今やアニメ化されている原作の多くが4コマである。あの頃、4コマをアニメ化する、というのは、あの日曜夕方6時の「国民的大河アニメ」以外は考えられなかった。だから、「4コマのアニメ化」というだけで、ずいぶん当時は話題になったものだ。

当時のアニメ「あずまんが大王 THE ANIMATION」を今見ると、なんとかして4コマの雰囲気を出そうとするために、1話中でタイトルを変えたりと、頑張りすぎてしまっているように思えるが、昨今の作品を見ると、特に原作が4コマであることを感じさせないくらい、洗練されたものになっている。

このように、後続の作品に影響を与えた「あずまんが」だが、他と大きく違っているのは、自分自身で言ってしまっているほど、圧倒的に「再読性」が高いということ。今回、久しぶりに読み返してみて、オチが分かっていても大笑いしてしまうことが何度もあった。

これは、他の作品が「主人公」を置いているのに対して、「あずまんが」には明確な主人公がいないことにあるのだと思う。ツッコミ役の印象が強い「よみ」かと言えば、第一話の最初から出ているわけでもなく、また驚くべきことに「名前」すら1年生の3月までなかった(笑、それでも話ができてしまうという構成力はすごいと思う)。マスコット的な「ちよちゃん」か、と言えば、圧倒的にほかのキャラにいじられてばかり。だから、読む人は、その時々に感情移入できるキャラクターを選ぶことができて、「ああ、こういうことあるよね」と共感しやすくなっているのだと思う。

今回少し残念だったのは、「補習編」があまりそういう雰囲気でなかったことである。明らかに「大阪さん」が主人公のように思われる。また、大阪さんは「わざ」と忘れ物をしたり、それを平気に思っているような子ではなかったはずだ。

今となっては、10年の歳月を感じさせるところもある。榊さんがネコの写真の「焼き増し」をお願いしようとしたりするところや、「ポストペット」というものが分からずに身もだえる、というオチがある。確かに「ポストペット」は連載当時、非常にはやっていた。今やメールはほとんどが携帯電話で済ませる時代である。のちに出てくる、榊さんがネコの写真を撮ろうと、「写るんです」で悪戦苦闘するものの、結局まともな写真が撮れなかった、というネタも、当時は大笑いしたが、新装版ではどうなるのだろうか。

それでも、この「4コマ隆盛の祖」的作品の8年ぶりの復活が、新たな読者を獲得できるのか、非常に興味を持っている。

※ずっとお世話になっている、ちゃい25%さんのサイト「ニコパ!ニコニコぱわーオン!」の掲示板に、6/21に投稿した記事を加筆・修正の上、転載。

2009年6月16日 (火)

当年とって御歳90のヴァイタリティ・・・

先週末に東京に出かけた。結果的に相当な出費となって、かなり財政が危機的状況だが、私には「東京分」が必要らしい。だから、昨年末から今年の4月頃まで行けなかったときは、相当フラストレーションがたまっていた。普段、会社-アパート間の往復の繰り返しで、しかも家事に追われて、他に全く「お楽しみ」のない私にとっては、月に1度くらいの「贅沢」は仕方がないと、ある意味諦めている。

目的は、おなじみの友人S君と、東京・根津の東大近傍にある「弥生美術館」に行って「やなせたかし展」を鑑賞すること。私の数少ない好きなTV番組の一つである「日曜美術館」で紹介されたのを見て、やなせのファンであるS君を誘ったのである。

「やなせたかし」と言えば、誰が何と言おうと、「アンパンマン」である。私もそれくらいの認識しかなかった。また、アンパンマン映画の封切り日の舞台あいさつなどで、観客の前に出ると、いつも即興の「変な歌」を歌う「変なおじいさん」という、まったくもって失礼な印象しかなかった。

しかし、今回の展覧会を鑑賞して驚いた。ほとんど「アンパンマンがいない」。もし、ここを読んでいる奇特な方の中に、アンパンマンが大好きなお子さんをお持ちのお母さんがいらっしゃったら、お子さんはがっかりしてしまうこと請け合いなので、行かないほうが良い(笑)。

S君は「詩とメルヘン」という、サンリオが30年にわたって出版していた雑誌(現在は休刊)の愛読者であり、やなせがその編集者であって、彼が「アンパンマン」だけでない人であることは知っていた。その雑誌名が示すとおり、彼は「詩人」でもあるのだ。私たちが幼児の頃に習って、誰でも知っている「てのひらを太陽に」は彼の作詞であることを知っている人は、少ないだろう(私もこれを機会に知った)。今回の展覧会のテーマは、やなせのそうした面を紹介することに主眼が置かれている。

展覧会にて得た知識の受け売りを披露すると(笑)、彼は「漫画家」でありたかったらしい。今のアンパンマンを知っている人は、たぶん何の事だか分からないと思う。だが、いわゆる「ヒット作」には恵まれず、彼の代名詞となる「アンパンマン」がヒットするのは、ほんの30年前くらいのことで、もうすでに還暦を迎えるくらいの頃という、非常に「遅咲き」の漫画家なのである。

彼は、その長い「雌伏」の間に、いろいろな仕事をする。もちろん、漫画の仕事もあったが、それよりもTV番組の司会、映画評論、詩集、手塚治虫のアニメ映画のキャラクターデザインなどなど。ただ、彼自身は自分の「方向性」に常に悩んでいたという。

そんな中で、自費出版した詩集が、のちの「サンリオ」の社長の目にとまり、「詩とメルヘン」につながっていく。こういう雑誌は売れないとの前評判が一転して、実に30年にわたって刊行された。ここから何人もの詩人やグラフィックデザイナーなどが生まれていった。

その表紙はやなせが手掛けているが、どの原画も素晴らしいものだった。今であれば、透き通るような、それこそメルヘンチックな「色」は、パソコンのデジタル処理でどんなにでも出せる(もちろん、絵心は不可欠の条件だが)。しかし、当時はそんなものはない。手書きであればこそ、デジタルに慣れてしまってもう忘れかけてしまっている私たちに、「ノスタルジック」で「リリカル」な感情を呼び起こさせる。

ただ、それ以上に感動したのは、やなせの「総合芸術プロデューサー」である面だ。ただし、彼自身がいわば「器用貧乏」でどれも「一流ではない」ということが、逆に「詩」や「絵画」を、一部の「教養人」だけのための「鑑賞物」とさせずに、一般の人でも分かりやすいところに降ろすことに成功させた。彼自身はそれを「詩やイラストはもっと通俗性のあるもので良い」と言っている。どこか、柳宗悦の「民芸運動」(日用品の中に美を見出す)ところに通じるものがある。こういうことを考えると、「てのひらを太陽に」は、やはり「やなせたかし」なのだ。

やはり受け売りで書くものではないね(汗)。しかし、かなり見ごたえのある展覧会だった。6月28日までなので、興味のある方はぜひどうぞ。

2009年6月 6日 (土)

どうでもよいこと・・・

買い物の帰りにのどが渇いたので、自販機で「レモン感UP!」とPOPの貼られた「キリンレモン」を買って飲んだ。「レモン感」って・・・ 好きな飲料なのだが、これはれっきとした「無果汁炭酸飲料」である。

そして下を見たら、缶コーヒー「FIRE」のポスターの中で、福△○治が「嘘は嫌いだ」。う~ん・・・

それにしても最近の炭酸飲料は、この「キリンレモン」を含め、みんな「微炭酸」で非常に物足りない。昔の炭酸飲料は、グラスに空けてもしばらくは発泡が続き、その「飛沫」を楽しんだものだ。そして飲めば必ず「げっぷ」。

最近の若い世代は「炭酸飲料」が苦手なのだそうである。飲みにくいのだとか。その感覚がよく分からない。昔のような非常に強い「炭酸飲料」が懐かしい。(本当にどうでもよいことだこと。。)

2009年6月 4日 (木)

なんかいつの間にか・・・

ブログ始めてから1年経ってしまったんですけど。

よく続いたな・・・なんて言っているが、1年で記事が60本しかない。平均月5本(苦笑)。それも6本くらい頑張った月があると思えば、1本しか書かなかった月もある、というくらいの「気まぐれ」。

こんなだからアクセスなんかちっとも増えないし、アクセスしてくれるほとんどの人が「顔見知り」(爆)。しかし先月、爆発的にアクセスが増えた。普段とは全く違う状況に、かえって「恐怖」を覚えた。

たったの2日間で、通常の2ヶ月分ものアクセスがあった時もある。例のCMを話題にしたせい。

いろいろな「毀誉褒貶」もあるが、あの歌手(名前を書くと、またこんな関係ない記事に当たるので検索エンジンに配慮)は昔から、世の人の「好き嫌い」の差が大きかった人なので、こんなのは「誤差の範囲」だ。

「(略)宣言」(曲名を書くと(略))の時と似ている。ただ、例のCMのターゲットは、その頃を知らない世代。それだけに、「(略)なりたい(略)」(フルに書くと(略))は、よほどインパクトが大きかったと考えてよいと思う。実際のCDのセールスはどうだったかは知らないが、話題になっただけでも、彼にとっては20数年ぶりの「ヒット」だったのではないか。

結局、「祝!ブログ1周年!」的な記事でなく、「(略)なりたい(略)」(フルに書くと(略))の記事になってしまったんですけど。まあ、このところの異常なアクセス数は、その「ご祝儀」だったということで。(続く。。。続くのか!?)

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