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2009年7月18日 (土)

青春の影・・・

英語と音楽ネタが続いているが、今日もその続き(これで打ち止めか?)。「カーペンターズ」が結成40年だそうで、ミーハーにも記念に発売されたアルバムを購入した。以前、通販の廉価版を購入したことがあったが、ケースなどがボロボロになってしまったので、改めて購入したのだ。

この期間は、ほぼ私のこれまでの「人生」と同じ。しかし、カーペンターズの活動自体は、ご存知の通り、カレンの早すぎる死によって終止符が打たれ、それからも、もう26年経っているのだという。私自身は、リアルタイムであったとは言え、彼らの活動時期には積極的に聴いたことがなく、聴くようになったのはつい10年くらい前のことにすぎない。

カレンの明るく快活な歌声と、軽快な音楽はカーペンターズの一つの大きな特徴だが、もちろん中には、メランコリーなしっとりした楽曲もある。そんな中で「I Need To Be In Love」、邦題「青春の輝き」という曲がある。

しかし詞の内容は、「輝き」には程遠い。どちらかと言えば「後悔」である。私は、この詞の主人公のように、言い寄ってくる人もいないし、ましてや袖にしたこともないが、「恋愛」の要素を全く抜きにして、字面だけを追った場合でも非常に共感できる箇所がある。

It took while for me to learn
That nothin' comes for free
The price I've paid is high enough for me

I know I need to be in love
I know I've wasted too much time
I know I ask perfection of
A quite imperfect world
And fool enough to think that's what I'll find

(訳)
ただで手に入るものなんてないということが
分かるまでに時間がかかってしまった。
私にとっては高い買い物だった。

私には恋することが必要だって分かった。
あまりにも時間を浪費してしまったことも分かった。
こんなに不完全な世の中で完璧なものを求めようとして、
そんなことはとてもばからしいことだって、やっとわかった。

「I know I need to be in love」のくだりはともかく、自分にとってはものすごく当てはまることで、これを聴くたびに非常に切ない思いになる。自分の不完全な状況を全部周囲の「不完全さ」のせいにして、悶々と過ごしてきてしまった。実際にお金も時間もかなり浪費した。気がつけば、もうすっかり「おじさん」になってしまった。私にとって「青春」は「輝き」どころか、「影」ばかりだった。そのことを痛切に感じさせられるのである。

それしても、この曲の邦題を「青春の輝き」とした人はどういう意図があったのだろう。詞の全体を眺めてみても「輝き」と言える箇所はなく、「後悔」または「影」とでもいった方が当てはまる内容である。

単純に「セールス」のため、かもしれない。でも、そういうことに気が付けること自体が、本当の「青春」であり「価値」なのであって、私みたいなのが「当てはまらない」ということの方が間違っているのだろう。

こういう例は80年代以前の曲によくある。ここで、オリビア・ニュートン=ジョンの「Have You Never Been Mellow」を訳したこともあったが、これも邦題はなぜか「そよ風の誘惑」である。疲れている人をいたわる内容だが、とりようによっては「誘惑」なのだろうか?

ただ、こうした一癖二癖ひねった邦題が、その曲の日本でのセールスに大きく影響したことは確かだろう。初めはラジオか何かで聴いた曲に惹かれ、その題名は、と問えば、こういう邦題が示される。リスナーが本当の詞の内容を知るのはその後だが、それでもまず幻滅するようなことはなかったに違いない。

それは昔の洋画もそうだった。必ず邦題がつけられていた。映画評論家の故水野晴郎氏は、「007シリーズ」のある作品の副題を、わざと「・・・危機一発」と間違った表記をした。それが現在では、よく間違えられる漢字の例に挙げられてしまうほど、「定着」してしまった。でも、それだけインパクトが大きかったということだろう。

それが、今はすべて、洋楽も洋画も、題名はカタカナでそのまま表記されるようになってしまった。洋画の場合は日本語の副題がつくこともあるが、極めてまれである。

理由は「原題のイメージを損ねないようにするため」らしい。もっともなようだが、私にはそれが、プロモートする側の「言い訳」であり、「怠慢」のような気がしてならない。邦題が「間違った」ために客がつかなかったりするのを恐れているのだろう。私から言えば、「カタカナ」題名では、ヒーローものはともかく、その他の映画や洋楽ではなんのことか分からない。人のことを言えた義理ではないが、プロモート側の「想像力」が欠如してしまったのだと思う。

閑話休題。クリスマスシーズンになると、どこからともなく「WHAM!(ワム!)」の「Last Christmas」が流れる。曲調が非常にロマンチックなので、TVで恋人たちがいる風景のBGMとしてよく使われている。しかし、ご存知の方も多いと思われるが、非常に間違っている。あれは、去年のクリスマスの頃に振られた元恋人に対する「恨み節」と「当てつけ」の曲だ。まあ、「そよ風の誘惑」や「青春の輝き」の場合の裏返し、と言えなくもないが。

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