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2009年8月

2009年8月27日 (木)

MISSION SCHOOL by MOKA☆ (英訳その3)

MOKA☆さんのアルバム「EVIDENCE OF LIFE」の中からもう一曲英訳してみた。「LIGHT OF LOVE」と同じくらいお気に入りの曲である。

この曲については、アニメ監督である望月智充氏が全く自分の趣味でプロモーション・アニメを作成してしまい、それをMOKA☆さんの2枚目のアルバム「竜宮幻歌」に収録しただけでなく、さらにNHK-BSの「デジスタ」の「オーバー40特集」にまで投稿して取り上げられ、しばらく「プチ劇場」で放送されたこともあるので、お聴きになった方も多いだろう。

MOKA☆さんが中学・高校時代に通った「MISSION SCHOOL」という、確かにある意味、特殊な舞台がテーマになってはいるが、「思春期」特有の「けだるさ」や、どこから湧いてくるのか分からない「自信」といったものがよく表現されている曲だ。それに釣り合う、相応しい訳か分からないが、掲載する。

I didn't find any charms in me
I always wanted to be any other than what I was
The schoolhouse was so white as to reflect the morning sun
I had a mission that I had to study at the mission school

Destiny, destiny
Although I didn't know any meaning, I used to declare
"I'll live my life for love and a revolution"
I dreamt a dream of an invisible future dream

On a Saturday, there were the bells ringing at the next chapel
From the window of my classroom, I was looking down at someone's wedding
I tore up my exam paper and scattered it on them as confetti
The bride noticed it and smiled at me

Destiny, destiny
The more I found and learned something
The smaller place divided by unbreakable boundaries and barriers
I was driven into
And little by little I had it taken away

In those days, I felt happiness to be boring
When school was over and "Ave Maria" was played
Everyone started going home
With an angel put on each of their backs

*Original lylics by MOKA☆, Translated by Yoisho

2009年8月11日 (火)

天変地異・・・

全国的に天候不順である。各地で大雨による甚大な被害が出ている。被害の出ている地方の方には、心よりお見舞い申し上げる。また、東北地方については、気象庁が「梅雨明け」を諦めた。ここ関東外縁は、ほとんど「南東北」であるためか、梅雨が明けたように思えない。

出番があるかないかはともかく、もう2週間以上、毎日傘を持って出勤している。なんとか降られずにすんでも、突然、雨が降りだしたりする天気がずっと続いている。つい先ほどもそうだ。

そして今日は、「すわ、東海地震か!」というような静岡県を中心とした震度6弱の地震。寝ぼけ眼で点けたテレビで、いっぺんに目が覚めた。

「地震で驚いて飛び起きた際に怪我をした人がいる」というニュースを、お昼休みの放送に聴いて、面白おかしく職場で話している人がいた。実に不謹慎極まりない。このあたりは震度3程度の地震は珍しくないが(実際、一昨日の夜に震度4の地震があった)、東海地方にはほとんど地震がないのである。だから、そちら出身の私はいまだに慣れない(慣れたくもない)。

しかしそれだけに、大地震になる周期があるようで、近く起こると言われている代表的なものが「東海地震」や「東南海地震」。地震に慣れていない上に、大地震の恐れを常に聞かされてきた人たちにとっては、飛び起きて怪我をしかねない危険は常に付きまとうのである。

それはそうと、「平成」になってから毎年のように大きな地震がある。日本列島は地震の活動期に入っていると聞いたことがある。それに、「温暖化」の影響と思われるこの天候不順。「起こりえないことを心配する」という意味の「杞憂」という言葉が、現実味を帯びてきた。

2009年8月 9日 (日)

線より面・・・

もう8月になってしまって、「今さら」になってしまったが、先日の美術館に行く道中に考えたことを書こうと思う。

「五浦美術館」の最寄駅は「大津港駅」であるが、実はちっとも「最寄り」ではない。美術館のウェブサイトをご覧になれば分かるが、駅からの交通が基本的にタクシーか徒歩しかないのだ。タクシーはもったいない。しかし、徒歩では45分もかかる。

Pa2003631 このあたりは漁港の街で風情があり、素晴らしい景色も多く(写真は8年前)、それに誘われて以前は歩いたこともあったが、道を忘れてしまっている恐れがあるし、情けないことに年を食って気力がなくなってしまった。

この写真を撮った頃は、日立電鉄(現在の日立電鉄交通サービス)の子会社「でんてつオーシャンバス」とJRバス関東の路線がここまで通っていたが(だから行きはそれを使った)、この1~2年後にはなくなってしまった。それで、車を持たない私にとっては「陸の孤島」となってしまい、それまで結構通っていた美術館もご無沙汰となってしまったのだった。

少し前置きが長くなってしまった。実は、「バス路線」はあるにはあるのである。美術館へのアクセスのページをよく見ると、「巡回バス」とある。しかし、「運行日要注意」。私の工場が休みであったとしても、日曜日には行かずに「火曜日」に行ったのは、そこに訳がある。

この巡回バスは北茨城市が運行している。ダイヤを見ると、美術館へ行くバスは、なんと日曜日には1本もなく、平日毎日運行が1本、それに加えて、月・木に1本、火・金は2本。だから、いちばん「便のいい」火曜日を選んだのである。大津港駅火曜日10:30発に乗って行き、美術館13:07発で大津港駅に戻ってこれば、2時間半くらいゆっくり鑑賞できる。果たして、行きも帰りも同じになった方がいらっしゃった。

バスのルートは、日立電鉄のバスが走っていたルート(写真の大津港の方)ではなく、北側の「平潟港」回り。かなり起伏があるルートで、どんなにアクセルを吹かしても、スピードが乗らないくらい非力な、どう考えても相当「お古」なマイクロバスだった。

ルート上に団地がある。病院に行くと思われるお年寄りが何人か乗車してきた。足のお悪そうな方もいて、バスのステップにやっとの思いで昇られていた。日に何本もないような(ある意味二日に1本の)バスであっても、ちゃんと需要はある。でも、問題は「採算性」。

Takenaka-Koizumによる行き過ぎた「規制緩和」により、公共交通の「退出」が楽になってしまったため、これまで何とか命脈をつないできた鉄道やバスが、全国でどんどん廃止になっている。その一方で、どんな財源の裏付けがあるのか分からない、今の政権による「週末どこまでいっても地方道1000円」と、今度の選挙で多分第一党になるであろう民○党の「公約」である「高速道無料」。そして、「フル規格新幹線」(おまけにリニア)。

今年の夏の天候は本当に不順だ。「地球温暖化」が叫ばれて久しいのに、こんな「大渋滞」を引き起こすようなCO2の大排出を促して、どうするのだろう。それに、もう10年もすれば「超高齢化社会」を迎え、車を運転するのが難しい世代が爆発的に増大する。また、「新型インフルエンザ」の疑いがある場合に備えて「発熱相談センター」に電話すると、公共交通機関を使わないように言われるそうだ。車が運転できない人はどうしたら良いのだろう?

既に交通は、「点と点」をどれだけ早く結ぶか、という「線」で考えるべき時代ではない。鉄道とバスの結節を大事にした「面」の広がりを考えるべきで、同じ税金を使うなら、地方の鉄道やバスへの助成を本気で考えないと、地方がどんどん疲弊すると同時に、地球が危ない。

話を戻して、北茨城市の巡回バスについて考えてみた。平潟港の周辺には民宿が多く点在する。大津港の方には、旅館やホテルもある。送迎バスを持っているところも多いだろう。市が日を決めて借り上げて、便数を増やすことはできないのだろうか。車体にはその宿の名前が入っていて、コマーシャルにもなる。ただ、法律が邪魔になりそうで、ダメなのかもしれないが、こういうことを認めるのが、本当の「規制緩和」のはずだ。

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