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2009年9月 6日 (日)

「てよだわ言葉」・・・

先日、いわゆる「てよだわ言葉」で記事を書いたが、やはりこれをずっと先頭に置いておくのも気持ちが悪いので、新しい記事を書く。ただ、題材は「てよだわ言葉」とその周辺について。

「てよだわ言葉」は、今ではマンガやアニメでお金持ちの「お嬢様言葉」として知られる。要するに、「よくってよ(よろしくてよ)」、「・・・していらして?」みたいな言葉である。他に、「・・・だわ」はもちろん、「・・・のよ」、「・・・のね」、「・・・わよ」などというのも、その一部として考えてもいいらしい。

いろいろひも解けばわかるが、こうした言葉遣いは、明治から大正期にかけて、本当に良家の「お嬢様」たちに広まったものだそうだ。「大正野球娘。」は、まさに「どストライク」なのである。ただ、当時としては「蓮っ葉」な言葉で、眉をひそめられたそうだ。また、この「てよだわ言葉」を最初に文章にしたのは「夏目漱石」だったと、そこかで聞いたことがある(間違っていたらごめんなさい)。

そんな「はしたない」言葉をお嬢様たちが好んで使っていたというのは、法律的にも女性の地位が非常に低く抑えられていた時代に対する、一種の「反抗」だったのかもしれない。

しかし、「・・・て」、「・・・てよ」のような言葉はともかく、「・・・だわ」、「・・・のよ」、「・・・のね」、「・・・わよ」というような言葉も、普段聞くことがあるだろうか?小説や脚本、マンガやアニメなどの創作の世界では、女性の言葉としては「標準語」となっているのに、である。但し、「だわ」は方言的な語尾としてはあるし(男である私も使う)、「よ」や「ね」は「の」・「わ」を伴わなければ使われる。あるいは逆に、「よ」・「ね」を伴わない「わ」と「の」は使われる。

では、なぜ実際にはほとんど使われない言葉遣いが、こんな風に「いかにも使われているように」、我々の意識の中に刷り込まれてしまっているのだろう?

他の言語にも多少は見られることではあるが、特に日本語は「話し言葉」と「書き言葉」の差が大きい。明治時代には「言文一致運動」が起きて、苦労してその差を埋めようとした。ここからは私の全くの根拠のない考えであるので、ご容赦願いたい。

昔は文章を書くことを生業とする人を「文士」といった。そしてその文士で、現在「文豪」と呼ばれている人の多くは、経済的に恵まれた環境で育っている。そして「高学歴」。もちろん、苦学して高等教育を受けている人もいるにはいるが、「文士として生きる」と決めること自体、生活の安定がすぐには望めず、一般庶民には考えられないことだったと思う。

実際、「てよだわ言葉」を作品に取り入れるのが早かった漱石は、いろいろと曲折はあるものの、全般的に恵まれた家庭に育っているし、その作品の主人公の多くは、今で言うとさしずめ「ニート」だ(かなり乱暴だが)。漱石のファンには大変申し訳ないが、私が学生時代に彼の作品を読破しようと試みたものの、結果的に果たせなかったのは、あまりにも主人公たちの境遇が恵まれ過ぎていて、とても共感できなかったことが大きい(それ以上に私自身の努力の方が足りない)。

少し話がそれた。恵まれた環境に育った文士たちは、日常的に「てよだわ言葉」に触れる機会が多かったため、自然に作品に取り入れ、それが彼らにとっての「言文一致」だったに違いない。しかし、その作品がベストセラーになったとしても、庶民にとっては、その作品世界は、自分たちにはそれほど縁のない世界。しかも、蓮っ葉な言葉を使うような「反抗」は、一般庶民には到底許されなかった。よって、「てよだわ言葉」は女性の言葉だと分かったとしても、それは上流階級のお嬢様たちが使う言葉か、あるいは「女性の言葉を書くための言葉遣い」であると刷り込まれてしまった。それで、実際にはほとんど使われることのない言葉遣いが、創作の世界に根を下ろしたのではないだろうか。

ところで、今どきの「蓮っ葉」な言葉の代表例が「え~っ!」・「うっそー!」・「か~わいい~!」である。女子高校生の会話は、この3語だけで成り立っているといって過言ではない。また、駅の階段に堂々と腰掛けて、駄弁っている女子高校生をよく見かける。

この間、先輩とお好み焼きを食べに行って、そういう話をしていたら、私は背後で分からなかったが、女子高校生に睨まれていたそうだ。さしずめ「なに、このキモイおやじ!」だろう。確かに私は「キモイおやじ」だが、いかにも「頭の悪い」会話は、逆に私にとっては「キモイ」だけだ。100年後、先の3語+「キモイ」が、この時代の「お嬢様言葉」だったと解釈されるような時代になるのだろうか。別に「女性の品格が云々」なんて時代がかった考えは私にはないが、これだけは考えただけで反吐が出そうだ。

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コメント

>、蓮っ葉な言葉を使うような「反抗」は、一般庶民には到底許されなかった。よって、「てよだわ言葉」は女性の言葉だと分かったとしても、それは上流階級のお嬢様たちが使う言葉か、

いや、それは正しくないかもしれないです。
ある程度、一般・下層の女性も多少のニュアンスの違いはあれ、使ってた形跡がありますよ。
私の婆ちゃんなんかが使ってましたね。

あと、一般庶民の女性の地位が低いってのもちょっと違うと思いますね。
一般庶民の女性は上流社会と違って抑圧が少なかったです。

かもたさん、はじめまして。知り合い以外の方に、コメントを頂けたのは初めてのことでしたので、非常に嬉しいです。

私の「説」には、何の根拠もないので、かなり間違いがあると思います。かもたさんに指摘して下さって、「独善的になってはいけない」と反省させられました。

ただ、私にも祖母がいましたが、このような「てよだわ言葉」は使っていませんでした。このアニメは大正14年、主人公の小梅は14歳(たぶん数え年なので、満年齢だと13歳)という設定なので、単純に計算すると、明治45年(大正元年)頃の生まれということになり、明治43年生まれの祖母とあまり変わりません。

また、きょうだいが多かった(次女だったそうです)ため、「子守」などのために、すでに6年の義務教育になっていたはずの「尋常小学校」でさえ、4年くらいしか通わせてもらえなかったくらい貧しかったと聞いています。

それでも読み書きや裁縫などが人並みにできたのは、卒業後に「女工」として勤めた工場で精勤したため、特別に教えてもらっていたからなのだそうです。祖母は私たち孫にはあまりそういう話をしない人でしたので、先ほど娘である母から話を聞いてみました。

まあ、私の祖母の話を「一般化」することはできませんから、断定はできませんが、やはりそれなりに「恵まれた」家庭でなければ、「てよだわ言葉」には触れる機会は少なかったのではないかと思うのです。

またそれ以上に、「居住地」の要因の方が大きかったでしょう。今のように交通手段の発達した時代ではなかったので、地方に伝播するのにも時間がかかったでしょうから、「てよだわ言葉」は、「東京の山の手の人たちの言葉」(つまり今で言う「標準語」)という認識も少なからずあったと思います。

こうして書いてきたことも、特に調べたわけではなく、単に祖母の話を膨らませてみただけの「想像」にすぎませんから、間違いが多いと思います。また何と言っても私たちは、その時代に生きてはいませんでしたからね(笑)。

とにかく、今まで扱われたことのない時代を背景にしたアニメであったこともあって、私には面白いものでした。

かもたさん、本当にありがとうございました。もしまた機会がありましたら、コメントなど、よろしくお願いします。

いえいえ、そんなにかしこまらないでほしいです。
まあ「てよだわ」の使用者にもいろいろあるんでしょうね。
地方や地域やもっと狭いコミュニュティはさらに個人個人と・・・

それと、私の知る限りでは45くらいのオバさんで目いっぱい「てよだわ」でしゃべるオバさん知ってますし、
「かしら」については昔のドラえもんでのび太やドラえもんが使っているくだりもあり男女共通語だったようです。
あと現代女性でも大人になると軽く女性語になる人も多いですね。
こちらは「かしら」や「のよ」どまりで「わ」までいく人はほとんどいないようです。しかしたまには「わ」までいく女性もいるようですね。

かもたさん、参考情報などありがとうございます。
この、活字やアニメ等には現れるのに、実際に聞いたことがほとんどない「てよだわ」について感じる疑問というのは、全国共通なのですね。

ちなみに、私は40代の男です。「かしら」「かしらん」はたまに口から出てしまいます(笑)。「だわ」は方言でした。ちなみに私の田舎は、参考URLの中にコメントしていた方もあった「愛知県三河地方」です。

かもたさんが、このようなコメントをしてくださったので、亡くなった祖母のことを母から聞いたり、思い出したりするきっかけができました。本当にありがとうございました。

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