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2009年10月

2009年10月31日 (土)

「チャレンジド」の現場

NHKドラマ「チャレンジド」は、最終回に向けてちょっと大変なことになっている。さて、塙先生は、2年3組はどうなってしまうのだろうか。

ところで、今年は「技能五輪全国大会」が我が茨城県で先週末に開催された。その「パラリンピック版」とでもいうべき「全国障害者技能競技大会」、通称「アビリンピック」が今週末に開催されていて、今日が競技日だった。

同じ職場に「データベース競技」に出場される方がいて、その応援も兼ねて出かけてみた。こういう行事に出かけたのは、技能五輪も含めて初めてである。

そのあと、まさしく塙先生と同じく「視覚障害」を持つ方のための競技である「パソコン操作」を見学した。やっぱり、こんな動機は不純だと思うが、ドラマ「チャレンジド」の影響が大きい。見学中の私の頭の中には、MOKA☆さんの作曲したサウンドトラックが常に鳴っていて、ドラマの塙先生の姿とダブってくる。

音声をイヤホンで聞いていたり、障害の程度によって、点字で課題を読む方、拡大画面で操作される方、サブの画面に課題を投影する方、画面の色を反転させている方などを実際に見たのは初めての経験だ。Excelの操作など、我々でも「現在位置」のセルがしばしば分からなくなってしまうのに、あれだけ巨大な文字であったり、まったく音声だけを頼りに入力していたり、というのは、頭の中にスプレッドシートがきちんと展開されているということであり、驚愕するばかりだ。

「アビリンピック」が「技能五輪」と違うのは、全競技中で、パソコンを使う競技が占める割合が大きいこと。それだけ、「チャレンジド」の方々が活躍できるフィールドは大きくなってきているはずだが、実際は未だし。また、パソコン自体、ソフト自体、その他ウェブデザインに至るまで、「ユニバーサルデザイン」がいかに重要か、また、そのために「IT」が果たすべき役割は何かを考えさせられた一日だった。

2009年10月28日 (水)

しあわせって何だっけ・・・

別に「幸福論」とかをぶとうとしている訳ではない。今朝TVをつけたら、の話だ。

思わず耳を疑った。明石家さんまのあの「名曲」が!「しあわせって何だっけ、何だっけ」である。

当時は「ポン酢しょうゆのある家(うち)さ」だった。今回は「うまい醤油のある家さ」。実に23年ぶりとのこと。詳しくはキッコーマンのこちらへ

この曲を本当に覚えているのは、「アラフォー世代」だろう。当時のさんまは人気絶頂だったが、芸能界で「音痴」ということで通っていたので、このCMは、さんまが歌ったというそれだけで衝撃的だったことを良く覚えている。

当時のさんまは31歳だったそうで、今年で54歳!まあ、人間等しく歳をとるのだが、自分のことを考えるとちょっとショックというか何というか・・・

「ポン酢しょうゆ」の頃はバブル絶頂期。「うまい醤油」の今は、その後遺症から抜け出そうとしたところに「リーマンショック」。今一度、自分の「しあわせって何だっけ」って考えるべき時なのかもしれない。。。。なんてね、何書いてるんだか。それだけCMが衝撃的だったってこと。ただそれだけ。

2009年10月25日 (日)

「チャレンジド」その2-サウンドトラック・インプレッション

NHKドラマ「チャレンジド」が第3話まで進んだ。確かに全5話という短いシリーズで、盲目となった主人公教師が、自身や生徒の障害、同僚の不理解、生徒の家族のDV、次回は「いじめ」などの困難に立ち向かって乗り越えていくストーリーは、少々「ご都合主義」な展開と言えなくもない。

しかし、「障害」というテーマを扱う以上、あまり長いシリーズにすると、それだけ「重い」ものとなってしまったり、必要以上に盛り上げたりしがちであるので、これくらいでちょうど良いのだと思う。ここで描かれなかった主人公たちの葛藤などは、全て説明する必要はない。そこは視聴者の「想像」に任せれば良いのである。そういうことを想像し、各自が膨らませれば、新たな感動が生まれる。

ところで先日16日に、MOKA☆さんによる、このドラマのサウンドトラックが発売された。私は、MOKA☆さんの所属する「パクチーズ」の通販で、これを購入した。先日の記事でも触れたように、全5話という短いシリーズながら、総演奏時間約1時間にも及ぶ労作だ。さっそく携帯のメモリカードにもダビングして、ヘビー・ローテーションで聴いている。長くなるが、それぞれの曲のインプレッションを一言(??)で書いてみようと思う。

0.全体のインプレッション

 とにかく「明るくない」ところが良い。劇中では目立ち過ぎず、そうかといって要所は締めている。取り扱うテーマが重ければ重いほど、無理に明るくしようとしたり、必要以上に盛り上げようとしたりする劇伴が多い中、そこをあえて抑えているのが、私には好感が持てた。

1.チャレンジド
 全体を統べるテーマだけに、他の多くの曲の元となる旋律ではあるが、ドラマの舞台となる静岡を見下ろす富士の雄大さ、また富士がやさしく見守るような印象を受ける。明るい感じでなく、暗めの曲調が、単純な「感動ドラマ」ではなく、障害者をとりまく現実の厳しさを暗示している。

2.試練
 ひたひたと前からも後ろからも迫ってくる、逃れられない緊張感。

3.遥かなる光へ
 リコーダーの音色が飛翔感を盛り上げる。舞い上がる希望と憧れ。

4.昔はものを思わざりけり
 美しいMOKA☆さんのハーモニー。「祈り」というより「子守唄」。「神」・「母」・「妻」などが「見守る」視線を感じる。むろん、「教師」が生徒を見守る視線も。人は自分以外の人への気遣いをしなければ、確かに「ものは思わざる」ものなのである。

5.それは唐突に・・・
 募る不安感。内省。苦しさ。

6.ファイト!
 鼓舞。「空回り」をもいとわない元気。しかし、聴きようによっては、1.のテーマが元になっているだけに弱い部分を押し隠そうとする「危うさ」も感じる。

7.壁
 まさに見えない「壁」を前に途方に暮れた感じ。ところどころ途切れる旋律が、不安感をあおる。

8.停滞
 雌伏の時。手探りで光を探す感じ。しかし、次第に走り出す旋律がその先への希望を暗示する。

9.走れ!
 この曲がいちばん「難しかった」。ただ、徐々に曲調とリズムが明るさを増していくので、背中をそっと押してあげるくらいの「走れ!」の意味か。

10.デリカシー
 葛藤。この曲も「難しかった」。誰にとっての「デリカシー」?

11.辿りついた景色
 目の前に広がる雄大な地平。

12.前途多難
 焦燥感。不安。苦悩。

13.静かな決意
 タイトル通り、ゆっくりと確実に前へと向かおうとする意志。

14.雨のベンチ
 タイトルのように、いるべきところに人がいない孤独感。助けを求められない苦しさ。

15.ドンマイ!
 元気復活!6.と同じ旋律なのに、違うのは空回りや危なっかしさがないところ。大地を力強く踏みしめる。オーボエ(?)やリコーダーがないだけでこんなに違うのか。

16.暗闇で
 重い空気。7.のように途切れる旋律がそれをあおる。

17.SAILIN'
 3.と同じ旋律でありながら、違うのは、タイトル通り帆を張って海を進み、しかも目標が定まっている感じ。

18.真実の翼
 4.よりコーラスが控えめになっているところが、見守られる側の視点に立っていることを感じさせる。見守られている安心感や、それによって踏み出せる意志。

19.迷路
 出口が見えそうで見えない緊迫感。人間の影の部分、陰湿さも。

20.扉を開けて
 空気を変えましょう。本当はドラマの冒頭のタイトルバックの曲なのだが(つまりは「物語の扉を開けましょう」)、サウンドトラック中ではこのように聞こえる。

21.ゴールはスタート
 先は長く本当の苦難はこれからだが、それでもこれまでの苦悩が良い「思い出」になっていく。1.と異なるのは芽生え始めた自信と、今までよりもしっかりとした足取り。

以上、全21曲。「タイトル」にも非常に「こだわり」が見え隠れしていて、今回その真意を探るのも面白かった。

実際のドラマでは、このこれらのほんの数秒しか流れない。しかも話数も限られているから、ほんの数回程度しか使われない曲も多いだろう。非常にもったいないような気がする。ドラマを見ている人は(いない人も)ぜひ購入して、その全体像をつかんで頂きたい。

MOKA☆さん、いろいろ大変なことも多かったようですが、本当にお疲れ様でした。

2009年10月24日 (土)

ありがとう

このところのダウナーな気分の時も、いろいろと気にかけてくれて、ありがとう。

ご心配とご迷惑をおかけしてごめんなさい。

そしてこの記事が、記念すべき100本目。

この先、またどうなるか分からないけれど、こんな私だけれど、よろしくお願いします。

2009年10月22日 (木)

・・・

だめ。

人を傷つけることばかり。

こんなこと言っている自分も嫌い。

2009年10月21日 (水)

出張、出張、出張・・・

毎週毎週出張。今日も出張。来週休みで再来週も出張。ずっと毎週出張。。。

今まででいちばん遠かったのが富山県の魚津。今日は東京。東京方面はとりあえず今年中は終わりで、来月は関西方面。

今まで出張なんてほとんどしたことがないから、緊張の連続。訪問先でかなり失礼な振る舞いをしているのではないかと気になる。疲れる。

しかも、私の「都合」でこうなったわけではない。その「わだかまり」もあって、ストレスも極限だ。

いくら「鉄分」があるとはいえ、とても楽しめる状況ではない。

2009年10月17日 (土)

「てよだわ言葉」その2・・・

以前、「てよだわ言葉」についてここに書いたが、今朝コメントを頂いた。その時のやり取りについては、そちらを参照頂きたいが、「現実味があって現実にはない」という非常に不思議な存在が、世の人々を魅了しているようだ。

私がここに「てよだわ言葉」を取り上げた発端は「大正野球娘。」というアニメだったが、先日そのDVD(もうBlu-rayの方がデフォなのよ(泣))の第1巻が出た。特典として副音声に「オーディオコメンタリー」が収録されていて、監督と主人公格の声優たちの対談が興味深かった。

とにかく、大正期の風俗に関する資料(史料)が少ないのだそうだ。これは想像にすぎないが、「大正デモクラシー」と呼ばれた時期のすぐ後に「戦争」の時代に突入してしまったために、軍部によって、「退廃的」と徹底的に糾弾されてしまったからなのではないだろうか。

奇しくも、昨日のNHK教育「美の壺」という番組で、「少女雑誌」が取り上げられていた。黄金期は大正期から昭和初期。挿絵の少女の顔全体に占める「目」の割合が、だんだん大きくなっていくくだりは非常に興味深かった。このことは、大正期から昭和初期のモダニズム絵画を集めた展覧会を見に行ったことを書いた時にも触れた。また、豪華な付録(今考えると手作りだったのだろうか?)や「エス」は非常に少女たちの心を捉えたらしい。しかし、少女雑誌も、次第に戦時色を強めさせられ、中原淳一などはその時期に表舞台から去っている。

祖母は存命ならば99歳。来年は生誕100周年ということになる。こうしたことからは縁遠い家庭に生まれ育ったと思うが、「てよだわ言葉」の話題をきっかけに、コメントを頂いたり、久しぶりに母と祖母についての話ができた。どんな話の中にも、いろいろな「きっかけ」がある、そういうことに気付かされた一日だった。

2009年10月14日 (水)

嘘と心

「嘘」をつきました。私にも「心」があって、心が壊れそうなので、嘘をつきました。
昨日の「私」も嘘かも知れません。
こんなことを書いて、「満足」している私も嘘かも知れません。

2009年10月12日 (月)

「代用品」

今日の映画の主たるテーマは「代用品」。それに囲まれながらも、決して満足できない人間の「空虚さ」。このことが非常に胸に迫ってきて、切なく、苦しくなった。

分かりやすい例えでは、「乗り物」は「足」の代用品。「テレビ・映画」をはじめとする「娯楽」は「誰かの体験」の代用品。ここにこうして向かっている「パソコン」は「頭」の代用品。「サービス業」と名のつくものはすべて、「自分」の代わりに何かをしてくれる。考えてみれば、「食べ物」は農家でもない限り自分で作ることはほとんどないし、「言葉」ですらも、これを操っている我々の経験から生み出されたものではない。

思うに我々人類が、手足の代わりに「道具」を用いだしてから、この「空虚さ」は始まったのだと思う。人間を除く動物は、全部自分でしなければならないから、そんなことを考えていては、飢え死にしてしまう。

もっと便利に、もっと快適に、と突き詰めていけばいくほど、どんどん大きくなる「穴」。これが現代を生きる我々の「業(ごう)」なのだろう。

でも、そんなことばかり嘆いていては、まさしく「蟻地獄」で沈み込むばかりで、先に進むことができない。では、どうしたら良いのか。

私も常日頃「からっぽ」だと感じている一人だ。明確な答えはない。ただ、それを感じている自分は確かに「ここにいる」のだ。それすら見失わないように、まず「からっぽの自分」を感じよう。

衝撃的な映画のラストシーン。「幸福」を感じたはずの「代用品」の彼女は、最期は「幸福」だったのだろうか。

もう何と言ったらいいのか。

映画が終わった。月並みな言葉だが、滑稽で、温かくて、淋しくて、美しくて、エロチックで、そして残酷で。

登場人物の誰もが「私自身」の一部分を具現化したようで、目が離せなかったり、目を逸らせたかったり。

「からっぽ」なのは、余りにも痛い。

何故?

何故?
今、普通列車のグリーン車の中にいる。普通はこんな「贅沢」はしない(と言ってもグリーン車が連結されている列車自体本数が少ないのではあるが)。

だから、少々「遠出」をしようとしているのだ。それも、特急を使うには微妙な距離へである。

目的地は土浦駅からバスに乗って、はるばる「つくば」まで。片道2時間の「旅行」。で、その目的は「映画鑑賞」。

私は別に映画ファンではないが、たまにはCMや情報番組などの映画紹介で、興味を持つものだってある。しかし以前にもここで書いたように、我が街には一軒も映画館がない。いちばん近いところで、電車で30分強かかる県都(苦笑)。

最近、表面上は映画動員数は増加傾向にあると聞く。しかし、それはだいたい、商業施設と併設された「シネコン」での話。今回行こうとしているのもそういうところだ。

先日、土浦にある大ショッピングセンターに、先輩と何となく行った。とにかく巨大で、駐車場は4500台を収容できるという。やはり映画館もあった。しかし、こんな「郊外型」の店舗ばかり展開するのはどうなのだろう?

近い将来、確実に「超高齢化社会」が到来する。車に乗れない世代が爆発的に増大する。もう、「買い物難民」という言葉ができているのだ。旧来の市街地の凋落はとどまるところを知らない。それに伴って、映画館のような「文化施設」もなくなってしまう。

大手スーパーストア業界は、自分たちが、「街を造っている」と思っているかもしれないが、実はその街も文化も破壊していることに早く気づくべきだ。また、「シネコン」という言葉自体、「ネオコン」によく似ていて、破壊的な印象を受ける。

ここまで書いて、目的の映画がつまらなかったら目も当てられないが、まずはこの小旅行を楽しむことにしよう。

2009年10月11日 (日)

「チャレンジド」

MOKA☆さんが、昨日から始まったNHK土曜夜9時からのドラマ「チャレンジド」に楽曲を提供している。病気によって失明した教師の奮闘を描くドラマである。

私はドラマそのものをあまり見ないし(見られる時間もない)、生来のひねくれ者であるので、正直なところ、こういった「社会派」な「感動モノ」は少々苦手だ。しかし、今までMOKA☆さんが音楽を提供したドラマをほとんど見る機会がなかったので、見てみることにした。

盲目の教師を採用することで紛糾する職員会議、冷たい同僚、生徒のパニック障害による過呼吸発作などのシーンでは、やはり私はいてもたってもいられなくなってしまう。ドラマの中の「作りごと」とは言え、辛い現実から目をそむけたくなる自分の悪い癖だ。

そうした辛い状況を救ってくれるのが、主人公を支える、底抜けに明るくポジティブな妻。「ポジティブ」とか「前向き」とかいう言葉が嫌いな私には、ちょっと信じられないところもあるが、こういう思考性向は、後から変われるものではなく、生まれついてのものだと思う。

そうしたこともあって、約一時間視聴できた。主人公がパニック障害の生徒と向き合うことによって、自分が「頑張りすぎていた」ことに気づき、同僚に助けを求めるシーン、それをわきから見ていたその生徒が、それを見て勇気づけられるシーンでは、涙が溢れて仕方がなかった。あと4回も、たぶん、目をそらしたくなるようなことがたくさん起こるだろうが、見ていきたいと思う。

ところで、ドラマは確かに「お約束」で、現実はこんなものではないと思う。今まで見えていた目が突然見えなくなるという恐怖は、計り知れない。ほかの障害でも同じだ。

今、「障害」と書いたが、元々は「障碍」と書いていた。この「碍」という字は当用漢字にも常用漢字にもない字であったため、こう書き換えられたのだ。電気の絶縁に用いられる「ガイシ」も、漢字で書くと「碍子」になる。「障」も「碍」も「さえぎる」「さしつかえる」といった意味で、「しょうがい」は「害」であるわけではないので、もう一度こちらに書き換えるか、あるいは仮名交じりで「障がい」としようとする動きもある。

「チャレンジド」は英語で書くと「challenged」。ドラマの終盤で英語教師が「神様から試練を与えられた」という意味で、最近は障害(一般的な表記をすることをご容赦願いたい)を持つ方を指すと主人公に教えていた。英語でも曲折があって、元々は「disabled」(= not able)だったものが、いわゆる「ハンデ」の「handicapped」に変わり、「challenged」になったようだ。

しかし、腑に落ちないところがある。不幸にして障害を抱えることになった人たちは、自分たちが好き好んで「神様の試練を受けた」わけではない。おそらく「challenged」という言葉は、障害のある方たちが自分たちを鼓舞するために使いだした言葉なのではないかと思うのだ。だから、障害のない人たちがこの言葉を使うのは、私には非常に不自然のように思う。かように、日本語でも英語でも、言葉の裏にはいろいろな「苦悩」がある。ただ、単に言葉の言いかえだけで、障害を持つ方を巡る問題が解決したような気になってはいけないのは、言うまでもない。

話を音楽に戻そう。

提供されているMOKA☆さんの音楽は「主張」しない。登場人物たちが演じる人間ドラマを全く邪魔しない。そうかといって、どこか耳に残って、そして確かに登場人物たちに優しく寄り添う感じがする。音楽ばかりやたら耳に付く番組が多い中、非常に稀有だと思う。MOKA☆さんの音楽の大きな特徴である「コーラス曲」は、今回もちゃんと存在した。たぶん、多重録音によるものだと思うが、讃美歌のような美しさがある。

MOKA☆さんのブログを読ませていただいていると、このサントラを作っている間に、恐らく相当な「苦悩」があったに違いないと思われる。しかも、サントラは全曲合わせて約1時間にもなるそうだ。ドラマは5話までしかない。たぶん、その数秒ずつしか使われないと思う。

以前にも「しにがみのバラッド。」という6話しかないアニメに、約30曲も作っていた。このサントラは私の愛聴盤ではあるが、今回のサントラといい、その「けた外れ」な創造力は、本当に尊敬に値する。

MOKA☆さん、お疲れ様でした。MOKA☆さんは十分頑張っているのですから、塙先生のように頑張りすぎないで、もう少しご自分を労わってあげて下さいね。

2009年10月 9日 (金)

ま、間に合ってよかった!-出張その4

ま、間に合ってよかった!-出張その4
あまりに時間配分を考えなさすぎた。
この駅まで送って頂いたら、ちょうど列車入線。跨線橋を駆け上がり、なんとか自由席に飛び込んだ。もし間に合わなければ、2時間待ちか、一旦富山まで下り、折り返さなければならないところだった。
先方は、ペラペラよくしゃべって、いつ帰るつもりなんだろう、と思ったろうな。反省。
ちなみに、この「はくたか」も「スノーラビット」!

※正確には北越急行683系2000代基本編成6両+JR西日本681系付属編成3両だった。(10/10追記)

スノーラビット!-出張その3

スノーラビット!-出張その3
最後の乗り換えだ。実はこれが一番楽しみだった(不謹慎)。
特急「はくたか」号は、北越急行線を最高速度160kmで突っ走る。そして車輌はJR西日本車と北越急行車があって、どちらが充当されるのか、鉄道ファンにはとても興味があるのだ。
そして昨日、北越急行のサイトを見たら、私の乗るのは「スノーラビット」こと北越急行車ということが分かった。写真では知っていても実際に乗車できるのはうれしい。
ただ、この北越急行は、北陸新幹線が全通したらどうなるのだろう?北陸本線へのショートカットという意味がなくなり、この「はくたか」もなくなってしまうだろう。後数年先のこと、非常に気掛かりである。

Max-出張その2

Max-出張その2
Max-出張その2
「びゅわーんびゅわーん走る」という童謡を今朝久しぶりに聞いた。一番と二番の歌詞を混じって覚えていたことを知った。
ところでJR東日本の新幹線に乗るのは経験が少ないこともあって緊張する。行き先はもちろん、乗車位置が列車によってかなり異なるからだ。
これを東京駅のたった2面4線のホームで捌く、日本の運行技術はすごい。(列車の写真は失敗…)

それでは出発!-出張その1

それでは出発!-出張その1
いよいよ出発。実は、次に乗る新幹線に乗り換えるには、この後の特急でもよかったのだが、余裕をみてこの列車にしたのが、結果的に幸いした。その列車が昨日の台風の影響で運休になったのである。
予定外のことが起きるとパニックになる私にとっては非常に助かった。でも、これから先は長い。気を引きしめていこう。

2009年10月 8日 (木)

出張前夜

出張前夜
ここに取りいだしましたる8枚の切符は、明日の出張のためのもの。目的地は富山県。
ゆうにここから5時間以上かかる。でも、宿泊はしない(苦笑)。向こうにいるのは3時間足らず。とんぼ返りもいいところである。
正直初めは憂鬱だったが、不謹慎でも会社のお金で旅行させてもらうのだ。富山はプライベートでも行ったことはないし、まだ乗ったことのない列車にも乗れるのだ。気負わず出張を楽しもう。
気が向いたら、移動中に投稿するかもしれない。せっかく携帯から投稿することを覚えたのだから。

2009年10月 7日 (水)

からっぽ・・・

台風が近づいている。2年ぶりの本州上陸は確実、とのことだが、そう言えば去年は一つも上陸しなかった、と話題になったんだっけ。かなり強い台風であるとのこと、大きな被害がないことを祈るばかりだ。

先日ここで、自分には過去の記憶がない、ということを書いた。とにかく自分は「からっぽ」なのである。これが自分の圧倒的な自信のなさにつながっていることは確かである。

常に何かで満たされたい、という願望が強いようである。それが過去の「お人形集め」やDVD収集に代表される「物欲」であったり、過大な「食欲」であったり。ただし、「彼女」のいない私は、お下劣な話ではあるが、「性欲」についてはまず満たされることがない。

「傾聴なんてできる人なんているのだろうか」ということも書いた。私はどうも人の話を聴くのが苦手のようである。逆に、しゃべりだすと止まらなくなる。どうも、ふとした「会話の間」が怖いようで、ここにもそれを埋めたいという願望が働くようだ。

ここで紙幅を費やしてのべつだらだら書くのも同じだと思う。でも、それによって多少の満足を得られるのであれば、他人に迷惑をかけない分、先の願望よりは健全なのかもしれない。

ただ、どうして私はこうも「からっぽ」なのか。私の拭い去れない「不安」の根源の一つがこれなのだ。

2009年10月 4日 (日)

十五夜+1・・・

091004_2138401 昨日は確かに「中秋の名月」だったが、「中秋の名月」とは、旧暦8月15日の月のことだそうで、必ずしも「満月」とは限らないそうだ。いくら月の満ち欠けを基にした暦である「太陰暦」だとはいえ、「太陽暦」で4年に一度閏年がくるように、少しずつずれが生じるからだ。それを今日の携帯のニュースで知った。

そして、今日が本当の「満月」。ほかに目標物がないのでなんだかよく分からない写真になってしまっているが、今日はお月さまが本当によく見える。月の光は不思議なもので、本当に心洗われるのと同時に、「満月」の場合はよく言われるように、どこか気分を高揚させる。

そして知らないうちに、晩秋へと確実に移り変わっている。確かに外はかなりもう冷え込んでいるが、そのことに具体的に気付いたのは、この写真を撮った後に部屋に戻ったら、メガネのレンズがかすかに曇ったこと。

冬はもう、すぐそこまで来ている。

中秋の名月に思う。

今宵は名月。月を愛でようと外に出た。でも、黒い雲にさえぎられてなかなか見えない。たまに雲の切れ間から円い月がのぞく。雲が流れているからなのだが、月が動いているように見えた。

家族や親しい人たちが幸せでありますように。この寂しさが温かいものに変わりますように。

2009年10月 2日 (金)

携帯から投稿してみるテスト…

携帯からメールを送信することによって、投稿できることを、今更ながら知ったので、やってみる。うまくいっただろうか。
以前は、確か携帯専用の投稿フォームから投稿したことがあったが、やり方を忘れてしまった。
一日に何度も更新する人は、多分、こういうテクニックを使っているんだろうな。
内容はからっぽですが、今日はこれでおじゃんでございます。

2009年10月 1日 (木)

「前向き」って何だろう?

10月になった。私は特に季節の変わり目、殊に3月と10月の前後にダウナーな気分になることが多い。つまり、年度の区切りの頃だ。

この頃になると、やれ業績だ、目標や成果だと、かまびすしい。こうしたことが自分の懐にひびくようなご時世(私は単に会社の「方便」に過ぎないと考えているが)である以上、我慢せざるを得ないが、私はこういうことを聞いたり、考えたりするだけで疲れ切ってしまうのだ。

下期の初日だった今日は例にもれず、起きるのがやっとであった。それでも何とか出勤できた。

私の職場は工場である。そして、今日は「安全衛生週間」の初日だということで、毎年「安全衛生」に関する何らかの講演がある。工場の現場で働いていらっしゃる方々は、いつも危険と隣り合わせであるため、例年であれば「危険予知」や「労災予防」といったことがテーマとなる。しかし、この10年くらい、自殺者が年間3万人を数えるような異常な日本の状況もあり、「メンタルヘルス」についても「安全衛生」の大きなテーマとなってきている。そこで、今日の講演は、そうしたことについてであった。

例年の講演には参加したことがなかったが、今日は上司の指名があり(私がこんなだからであろう)、参加することになった。しかし、先ほど、「こうしたこと」と非常にアバウトな書き方をしたのは、上司には申し訳ないが、全くひびいてこなかったからだ。

講師はその道の「プロ」であるので、とにかく声を大きく、身振りも豊かに話しかける。しかし、私にはそれが滑稽なものにしか映らない。こうした心情になるのは、講師に言わせれば「うつ状態なので心療内科へ」ということになる。・・・と言っても、私はもうすでにお世話になっているのだが。

会議の効率のよい進め方である「ファシリテーションスキル」、同僚や部下との良い協働関係を作る「コーチングスキル」。一世代前の「交流分析」を含めて、こうしたことが、非常に流行になっている。実は、私も職場教育としてどれも受講させて頂いている。真っ先に出てくる言葉が「積極的傾聴」。

もう聞き飽きた。うんざり。というのが私の率直な感想である。確かに重要だとは思うが、自分も含めて、果たしてそんなことができる人がどれだけ周囲にいるのだろう。

そうでなくても、偏った「成果主義」の世の中である。みんな忙しすぎて、他人の言うことなんか聴いていられる人がいるとは到底思えない。

先ほどの講師は「メンターを見つけなさい」という。こんな状況で「めんたー」も「メンターム」もあるものか。それを見つけられないから、みんな悩んでいるのではないか。

そして、とにかく「前向き」。前向きでなければ病気になるそうだ。確かにそうかもしれないし、そういう統計もあるらしい。でも、そうなれない、「前向き」の意味すら分からない人間はどうしたらいいの?

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