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2009年11月

2009年11月29日 (日)

英語車内放送の面白み

最近の鉄道車輌は車内アナウンスが自動化されてきていて、しかも「国際化」の波にさらされて、英語アナウンスは常識的になってきている。ほんの10数年前くらいまでは、新幹線くらいしかなかったのがうそのようである。

特急に乗ると、その英語案内が非常に面白い。次駅案内以外に、いろいろな「あいさつ」が加わる。特急料金を払ってまで乗って「下さった」乗客にできるだけ「丁寧」な感謝の気持ちを伝えようと腐心しているのが分かる。ただ、あまりにも杓子定規に日本語を置き換えている感じが否めず、かえって大仰で笑ってしまうものがる。

例えば、私が良く利用するJR東日本常磐線の「フレッシュひたち」では、大きな駅を出発後、停車駅案内、車内案内などに続いて、こんな言葉を聞くことができる。

"We wish you a pleasant journey."

「良いご旅行を」のつもりだろう。ただ、いわゆる日本語の「旅」には、trip、travel、journey などがあって、journey は比較的長期間の旅行を指すように教えられた記憶がある。1時間から2時間足らずの乗車には、いささか大げさだと思う(確かに飛行機に乗りついで海外旅行する方もいらっしゃるだろうが)。"Have a nice trip!" ぐらい「くだけて」いても良いような気がするのだが、英語圏の方々にはどう映るのだろう。

余談だが、いわゆる我々「アラフォー世代」には、「ジャーニー」と聞くと、あの「○○はまだ、16だから~♪」(「センチメンタル・ジャーニー」)の強烈な印象があって、余計笑えてしまうのだ。

あと初めて聞いてびっくりしたのが以下の言葉。終点になると聞こえてくる。

"Thank you for traveling with us. Please be sure to take all your belongings with you. We look forward to serving you again."

前の2文は、「ご乗車ありがとうございました。お忘れ物の無いようにお気を付け下さい。」の意味だろう。日本語では「お忘れ物の無いように」が、英語では「あなたの持ち物を必ず全部お持ち下さい」になるのが興味深い。

それよりも何よりも、やはり強烈なのが最後の文だ。「またのご乗車をお待ちしております」の意味か。確かに昔はそういうアナウンスを日本語で聞いたことがあるような気がするが、最近は「ご乗車ありがとうございました」だけで、ここまでは言わないので、昔の亡霊のような挨拶が英語案内で「復活」した感じがする。確かに「乗せてやっている」という態度は困るが、ここまでへりくだるのもどうかと思う。

また、会社によって、同じアナウンスが違う英文になって翻訳される例もある。「ご乗車ありがとうございます」は、JR東日本は "Welcome aboard XXX(列車名)" だが、東海道・山陽新幹線は単純に "Welcome to the Shinkansen." である。後者は、たぶん開業時からそうだろう。「日本の誇る Shinkansen へようこそ!」という気概が見て取れる。

また、細かいことだが、駅名の発音も各社によって特徴がある。JR東日本のように、英語圏の方が日本の地名を発音するようなイントネーションをつける会社もあれば、東京メトロなどは、日本語と全く同じイントネーションを使っている。

いずれにしても、こうした日本独特の車内アナウンスを翻訳される方々の苦労が偲ばれて、各社を比較してみるのも面白いと思う。

「話し言葉人間」と「書き言葉人間」

なんか年甲斐もなく、切なさに悶え苦しんだりしているうちに、人間には「話し言葉」で生きている人間と、「書き言葉」で生きている人間があるように思えてきた。

「話し言葉」で生きている人間は、人とのコミュニケーションにテンポがあって、ユーモアもあり、誰とでもすぐに仲良くなれる。反面、少々発する言葉に「重み」がなく、調子が良いように思われる。タレントの「明石家さんま」などはその典型例だろう。

一方「書き言葉」で生きている人間は、直接のコミュニケーションにやや難はあるものの、じっくりと考えた上で、言葉を発する。反面、書き言葉と普段の話し言葉のギャップが大きく、特に言葉を飾りたがって、ややもすると自分を「大きく」見せることだってできる。

かなり乱暴な分類だし、人はたぶんそれを場合によって上手く使い分けているので、簡単に割り切れるものでもない。ただ、その傾向が人によってどちらが強いのか、ということは言えると思う。

自分は確かに「おしゃべり」だが、どちらかと言えば、「書き言葉」で生きていると思う。それだけに、こうしてブログを書いたり、誰かの記事にコメントしたりする時はもちろん、面と向かって誰かと話をする時でさえ、下手をすると、実際の自分よりずっと「人間ができている」ような錯覚を起させるような言動をする。

実際の自分と「書き言葉」上の自分、常にこのギャップが大きいのが、苦しさの最大原因なのだと思う。

2009年11月26日 (木)

不安定

このところ本当に思春期の少年のように、不安定な毎日を送っている。イライラが抑えられない。

昨日は会社を休んでしまった。今日は明日の出張のこともあるので、出勤しているが、大声を出してしまうほど、ひどい有様だ。しかも自分が何にイライラしているのか分からない。分かりたくないのかもしれない。

こんなことでは、他人(ひと)を励ましたりする資格なんてない。

2009年11月18日 (水)

そして、再び神戸から

新神戸を9時頃の「のぞみ」で出発し、品川で総武線快速に乗り換えて千葉へ。昼を食べて14時頃から2時間弱の用事。そして帰宅したのが19時頃。

先ほど「乗換案内」で検索したら、移動距離が実に820km!こういう行程を滞りなくこなせる日本の鉄道は、本当にすごいと思う。

・・・でも、さすがに疲れた。。。

2009年11月17日 (火)

そして、再び神戸

そして、再び神戸
「神戸在住」を荷物が多くなるのを承知で持参した。訪問先へ向かう地下鉄車内で読む。

前回何とも表現できない感情を抱いた「長田」を通過する。主人公の「辰木桂」はここに住んでいることになっている。

また、地下鉄は、終点の「西神中央」に向かって、もはや「地下鉄」とは呼べないような丘陵を登っていく。途中、「伊川谷」を通過した。最終巻で、桂はここにあるミニコミ紙の会社に就職するのだ。

現実ではないのに、はっきりとした現実のように思えるデジャヴュ。「神戸在住」は本当に不思議なマンガだ(カバー裏のはちゃめちゃな落書きも含めて(笑))。神戸を訪れる機会がある方は、是非、持参することをお勧めする。

…出張中に何やってんだか。でも、不用意に鞄を開けて書類を無くすよりはましだ(と考えよう)。

そして、再び神戸へ

再び神戸に向かっている。この列車には、修学旅行生や団体旅行客による貸し切り車両があるらしい。この列車は広島行き。団体客は京都・奈良の紅葉目当てのように思われるが、修学旅行生はどこだろう。

人身事故が静岡駅であったようだが、タッチの差でその前に通過できた。う〜ん…。

2009年11月14日 (土)

感染する。

一昨日大阪から帰って、昨日は「ワークシェアリング」とかいう名目の賃金カット休業日、そして今日、明日は普通の休日である。しかし、慣れない出張の疲れがあり、また昨日も今日も天気が安定せず、しかも寒くてどこにも行く気になれなかった。

こういう天気が不安定な時は、気分まで不安定になる。目覚めが悪かったり、落ち込んでいるかと思えばハイになったり、暴飲暴食したり。。。 今も、あまりに切なくて、ブログはこうして書いているものの、夕飯の支度も何もする気が起きない。出張中や昨日、少し金を使いすぎたので、外食は避けたいところなのだが、何かいろいろと面倒くさく、どうしようか決めかねている。

「新型イ○フルエ○ザ」の流行が、ほとんど国の手に負えないくらいにまで、拡大してしまったが、私は、天候が気分に感染しやすいのが悩みだ。

全く関係のない話だが、「感染」「伝染」と言えば、大阪の出張で、少し自分でも面白い、と思ったことがある。訪問先でいろいろと説明したり、インタビューしたりするのだが、だんだん、イントネーションが「関西言葉」ぽくなってしまうのである。実家が関西圏に近いので、元々近い言葉でもあったが、こちらの「平板アクセント」に慣れてきた耳にとっては非常に興味深いことで、自分でも吹き出しそうになって困った。

2009年11月10日 (火)

使うのか、使われているのか。

大阪の梅田に宿泊している。通信カードを渡されたので、新幹線の車中やホテルで、会社のメールやファイルサーバとやり取りをしてみた。

通信カードは、auのCDMA 1X WIN。車中では使い物にならない。

確かにトンネルが多かったり、高速で移動しているためかもしれないが、普通の携帯はちゃんと繋がるので、多分別の要因だろう。N700系は無線LANサービスを始めたが、それが干渉しているのではないかと、素人考えをしている。

それにしても、車中でパソコンを広げている人の多いこと。かく言う私も、あんなに嫌がっていたのに、車中でうまくいかなかったので、ホテルで通信している。この携帯もそうだが、「便利」になると、ないと困るし、使わざるを得なくなってしまう。

全く、機械を使っているのか、機械に使われているのか。

2009年11月 9日 (月)

目が回る

忙しい、と言えばそうかもしれないが、他の人から見れば大したことはない。ただ、今日は一日中、物理的に目が回っていた感じがする。

ふわふわとした感じで、仕事をしているのか、何をしているのか全く分からなかった。明日から2泊3日(と言っても明日は前乗り)で大阪に出張だが、そのための大量の資料の準備(印刷)は、係の人に手伝って頂いた。だから自分の負担はずいぶんと軽減されたはずなのに、しなければならないことを見落として、帰りがけにいきなり注意された。しかし、予定が入っていたため、「明日にします」(といっても実質的には出来ないのにね)と、そそくさと職場を出てしまった。

「新型イン○ルエンザウィ○ス」ではないけれど、このところ、職場のいろいろなことに対して「免疫」がとみに低下している。

初めて「モバイルPCカード」を持たされた。出張先でも、メールのチェックはもちろんのこと、暗に他の資料の作成を強要されていることになり、「捕捉される」ことに、ここでもアレルギー。

・・・「勤め人」として「当たり前」のことができない。

2009年11月 8日 (日)

Untitled

せつないよぉ・・・ この押し寄せる感情は。

俺は10代の中○生か!

2009年11月 7日 (土)

「チャレンジド」その3-最終回

たった今終わったところ。結末はほぼ予想がついていて、こんなにうまくいくはずはない、と思っていても、最初から最後まで泣き通しであった。ここまで心を揺さぶられたのは久しぶりである。

塙先生の「元気」に、これまでどこか「違和感」を感じていた。しかし、解雇されるかもしれない、というぎりぎりのところになって、流した涙が全てを物語っていた。いくら「教師」という職業が好きだとは言え、「目が見えない」という障害を抱えたままそれを続けるには、傍から見れば少し異常なくらいの「元気」がなければ、不安や恐怖を打ち消すことはできないだろう。しかし、自分の「好きなもの」(すなわち教師という職業)を取り上げられそうになって初めて、弱音が出たのである。

私も昔、「教師」になりたかった。しかし、今の会社勤めでもこんなだから、果たして務められたかどうか。ただ、このドラマを見て、少し「嫉妬」してしまったのは正直な気持ちである。

2009年11月 6日 (金)

そして、神戸から

今日の午前中が今回の出張の目的。新神戸駅から地下鉄に乗った。途中、1995年の震災で大きな被害を受けた「長田」を通る。乗車時にはガラガラだった車内も、この頃にはそれなりの乗客が乗っていた。

この電車の乗客のほとんどは、あの震災を経験している。もちろん私は経験していない。そんなことを考えていると、同じ電車に乗っていても、非常に奇妙な感じがした。地下鉄やバスといった乗り物は、郊外型の鉄道と違い、元々地元の人々のためにあるものであって、私のような「外部の人間」のものではない。数年前に読んだマンガ「神戸在住」の主人公、「辰木桂」の気分が分かるような気がした。

帰宅してから押し入れに眠っていた「神戸在住」全10巻を取りだしてきた。もう一度読み直したい気分になった。今のこの気持ちは、とても言葉に表現できない。

2009年11月 5日 (木)

そして、神戸

そして、神戸
ポートピア'81以来の神戸である。もうほぼ30年ですか…

そして、神戸へ

そして、神戸へ
そして、神戸へ
例によって出張。目的地は神戸。用事は明日。今日は移動して一泊するのみ。

元々、午前中に移動して、一件の予定をこなすはずだったが、延期となって、こんな贅沢な行程となってしまった。そのかわり、再来週に同じく神戸へ行って、翌日の帰りがけに千葉に寄らなければならなくなった。

そして、N700系である。3000代のJR西日本車。車内放送のチャイムは「いい日旅立ち・西へ」。ちょっと得した気分。

2009年11月 4日 (水)

モザイク

こんな夢を見た。残念ながら「モザイク」の言葉から連想される「え○い」夢ではないので、それを期待されて、ググった末にここにたどり着いてしまった方は、すぐにご覧のブラウザを閉じることをお奨めする(笑)。大丈夫です、私もそういうことしますから。

私は野球のテレビ中継を見ていた。観客席をカメラが写すと、なぜか観客の顔に全て「モザイク」がかかってしまって、表情が全く見えないのだ。一緒に見ていた隣の女性(知り合いとは思うが思い出せない)と、そのことついていろいろと文句(内容は思い出せない)を言っていた。

そのあとは、学校なのかオフィスなのか、よく分からない室内で、その女性を撮影しまくる。カメラはデジカメ。ただしどうも旧式で、メディアは「スマートメディア」、あまりたくさん記録できない、とか話しているところで目が覚めた。

カメラのところは、たぶん自分が持っているデジカメ(10年前のもの)を最近使っていないことに対する反省が反映されている。あとはどうも、前半の「モザイク」への違和感からきているようだ。

最近、ニュースや情報番組で一般人へインタビューする場合、顔がモザイクにしたりぼかしたり、顔を写さなかったりすることが多い。それに「音声を変えています」。特に事件の報道(?)で、被疑者についての「人柄」(?)を聞いたりする時に顕著だ。

ドキュメンタリーなどの取材で、その本人がいわゆる「裏社会」を知っていたり、「犯罪行為」に片足を突っ込んでいたりする場合は、それも仕方がないかもしれない。「取材源の秘匿」は、マスコミの大きな「権利」として認められなければならないからだ。

しかし、一般の事件の場合はどうだろう。おそらく、被疑者が有罪になって「シャバ」に出た時に、インタビューに答えた人に危害が及んだりすることを危惧しているのだろう。そのために逆に、あまりに、「被疑者は普段はおとなしいがキレると怖かったです」というような「紋切り型」の「無責任」な答えしか出てこなくなる。

それに、被疑者の子供時代の作文や顔写真(たぶん卒業文集や卒業アルバム)を出すことが多い。確かに生育歴は、本人の性格の形成に影響はあるかもしれないが、これが事件と何の関係があるのか。また、被害者の場合も同じことが行われる。これは、特に被害者が亡くなった場合、遺族にとっては被害者のプライベートを不特定多数の視聴者に知られることになり、耐えがたい「二次被害」だ。

ということは、そもそも取材するに値しない、ということだ。もうこういうことに時間を費やすのはやめたらどうなのだろう。こんなことをしている以上、報道の質の低下はとどまることはないだろう。

・・・まあ、こうしてブログに「匿名」で書いている私に、そんなことを言う資格はないのかもしれないが。

2009年11月 1日 (日)

生きる意味

ここやいろいろなところで、分かったようなことをコメントしたりしているが、私自身は「生き方」に失敗した人間だと思っている。常に心の中の「虚無感」が不安をあおる。でも、何度も書くが、こうして「文字」にすることで、自分の隠れていた考えを引き出すことができ、多少は冷静になれる。また、自分自身を元気づけることもできる。

人が人として生きていく意味、というのはどこにあるのだろう。私にはそんなことを語る資格もないし、ましてや答えなど持ってはいない。ただ、自分は「死」やそれを連想させるものに対して、絶対的に「恐怖」しているため、今までどんなに心がつぶれそうでも、死なずに済んできた。ただ、それだけ。

太古の昔から「生きること」の意味は、「哲学者」たちが探ってきた。そう、元々は「学問」だ。祖となる「ギリシア哲学」などは、仕事をしない階級の人間が「暇つぶし」にやっていたと言っても過言ではない。

しかし、いつから、「生きることの意味」が「生き方の方便」にすり替わってしまったのだろう。社会の閉塞感、つまり「生きづらさ」は、案外そんなところから生まれたものに違いない。

「方便」は「方便」に過ぎぬ。時代によっても変わるし、極端にいえば、その場その場で変わる。それを変えることのできない「不器用」な人間を排除するシステム、それが「現代」だ。そしてそのシステムがこの十数年という短い間で急激に広まった。

こうやって考えたり、書いていたりする「私」をもっと感じたい。「私という穴」は「私」でしか埋めることはできないのだ。

・・・なんてね。

全く関係のない話。「チャレンジド」の主人公は「塙(はなわ)」という、あまり一般的ではない苗字だ。なぜそんな苗字にしたのか考えていたら、はた、と気付いた。すでにお気づきの方も多いとは思うが、たぶん、私も歴史の授業で習って名前しか知らないが、江戸時代末期の盲目の国学者「塙保己一(はなわ・ほきいち)」にあやかったのだろう。

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