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2009年11月 4日 (水)

モザイク

こんな夢を見た。残念ながら「モザイク」の言葉から連想される「え○い」夢ではないので、それを期待されて、ググった末にここにたどり着いてしまった方は、すぐにご覧のブラウザを閉じることをお奨めする(笑)。大丈夫です、私もそういうことしますから。

私は野球のテレビ中継を見ていた。観客席をカメラが写すと、なぜか観客の顔に全て「モザイク」がかかってしまって、表情が全く見えないのだ。一緒に見ていた隣の女性(知り合いとは思うが思い出せない)と、そのことついていろいろと文句(内容は思い出せない)を言っていた。

そのあとは、学校なのかオフィスなのか、よく分からない室内で、その女性を撮影しまくる。カメラはデジカメ。ただしどうも旧式で、メディアは「スマートメディア」、あまりたくさん記録できない、とか話しているところで目が覚めた。

カメラのところは、たぶん自分が持っているデジカメ(10年前のもの)を最近使っていないことに対する反省が反映されている。あとはどうも、前半の「モザイク」への違和感からきているようだ。

最近、ニュースや情報番組で一般人へインタビューする場合、顔がモザイクにしたりぼかしたり、顔を写さなかったりすることが多い。それに「音声を変えています」。特に事件の報道(?)で、被疑者についての「人柄」(?)を聞いたりする時に顕著だ。

ドキュメンタリーなどの取材で、その本人がいわゆる「裏社会」を知っていたり、「犯罪行為」に片足を突っ込んでいたりする場合は、それも仕方がないかもしれない。「取材源の秘匿」は、マスコミの大きな「権利」として認められなければならないからだ。

しかし、一般の事件の場合はどうだろう。おそらく、被疑者が有罪になって「シャバ」に出た時に、インタビューに答えた人に危害が及んだりすることを危惧しているのだろう。そのために逆に、あまりに、「被疑者は普段はおとなしいがキレると怖かったです」というような「紋切り型」の「無責任」な答えしか出てこなくなる。

それに、被疑者の子供時代の作文や顔写真(たぶん卒業文集や卒業アルバム)を出すことが多い。確かに生育歴は、本人の性格の形成に影響はあるかもしれないが、これが事件と何の関係があるのか。また、被害者の場合も同じことが行われる。これは、特に被害者が亡くなった場合、遺族にとっては被害者のプライベートを不特定多数の視聴者に知られることになり、耐えがたい「二次被害」だ。

ということは、そもそも取材するに値しない、ということだ。もうこういうことに時間を費やすのはやめたらどうなのだろう。こんなことをしている以上、報道の質の低下はとどまることはないだろう。

・・・まあ、こうしてブログに「匿名」で書いている私に、そんなことを言う資格はないのかもしれないが。

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