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2009年12月

2009年12月31日 (木)

よいお年を

実家に帰省している。休み自体は27日からだったが、帰省するなり、今年の不摂生が祟ってか、頭痛と吐き気が急に襲ってきたりして、記事をアップするような状態ではなかった。

それにしても、こちらの冬の寒さは厳しい。気温は向こうよりは高いはずだが、空気がカラカラで寒さが「痛い」のである。今日も晴れてはいるものの、外は冷たい風が吹き荒れている。夜から雪が降るとかいう予想だ。

2009年は私にとって、この数年でいちばん変化が大きかった年だった。何と言っても、引越しをしたことから今年が始まった。それから数ヶ月は、慣れない家事に振り回されていた。

それも少しずつ「手抜き」を始めるくらい落ち着いてきたところに、今度は怒涛の出張。この前計算したら、列車の移動距離だけで9000kmを超えていてビックリした。

今まで出張らしい出張をしたことのなかった私には、慣れないことが多過ぎて、また、始めるきっかけに全く納得が行かなくて、楽しむ余裕など全くなかっのが残念だった。来年もしばらくは継続する予定だ。

そして年末になってからの、あるユーザーとの確執。全ては自分自身のまいた種ではあったが、あそこまで感情が抑え切れなかった自分が恐ろしくなった。

そんなこんなはいろいろあったものの、なんとか今までやってこられきたのは、ひとえに職場の先輩たちを始めとする、周囲の方々のおかげ。心から感謝している。


2010年まで、もう後少し。こんなヘナチョコブログにお付き合い下さった方々、どうもありがとうございました。良いお年を。

2009年12月25日 (金)

お世話になりました。

いちばんお世話になった方の定年祝賀会があった。幹事の計らいもあって、同じ職場にいたOBやOGまで参加し、非常に盛大な会になった。

その方は、私の生まれた年に入社されたとのこと。私はそのうち、約10年前から3年前までの約7年間くらい、同じ係で面倒を見て頂いた。仮に「Uさん」としよう。

今でも引きずってはいるが、10年前の私はもっと「心神衰弱」状態で、その前の年の11月には「病欠」をしている。職場に復帰しても仕事がないような状態の中、Uさんの係に転属になった。

係の仕事はお金の管理などの課内庶務。Uさんは、本当に「小さいことからコツコツと」できるよう、仕事を指示して下さった。それをこなしているうちに、私も徐々に小さな「達成感」を積み上げていくことができ、落ち着きを取り戻していった。

転機があったのは8年前。今の仕事につながることが、ふとしたことで私に回ってきた。初めは課内庶務と兼務であったが、今の仕事の重要性が全社的に高まり、私は3年前に専従として課を移って、今に至るのである。その結果、急に出張が多くなったり、この間のようないざこざがあったりもするが、この工場で良くも悪くも「有名」になるようなことになっている。

Uさんは本当に面倒見の良い方で、私のような「くせ」のある者の言うことも良く聴いて下さった。文字通り、侃々諤々と議論して、ヒートアップしたこともある。また、すぐに調子を崩す私を、時には優しく、時には厳しく指導して下さった。

ここでは、その感謝の気持ちをうまく言い表せない。しばらくは、定年延長の制度を利用されるそうだが、これが一区切り。Uさん、本当に長い間お疲れ様でした。そして私のような者を引き上げてくださって、本当にありがとうございました。

2009年12月24日 (木)

聖なる夜に

一日を普通に過ごすことが辛い。このところのユーザとのすれ違いで生じた傷は、予想以上に私を苦しめる。会社にいても「逃避症状」(眠くなる)が頻発するし、考えが全くまとまらないので、今日も早退した。帰宅してからはしばらく寝ていた。

職場の先輩二人が自宅を訪ねてくれて、ささやかなクリスマスパーティをした。その件でふさぎこんでいる私を元気づけてくれるためだった。久しぶりに笑った。ありがとうございました。

別に問題が解決したわけではない。しかし、まず気持ちを切り替えることの方が大事だ。ただ私は、どういう方向へ踏み出したらよいのだろう。仕事もプライベートも。

聖なる夜に心から祝福を。

2009年12月22日 (火)

もう、ぜったい許さない

この間のことをようやく落ち着いて見ることができたと思っていたが、もうだめだ。彼のところでまたトラブルが起き、その問合せメールで、

「・・・新手の嫌がらせか・・・」

なぜ、こうも一言多いのだろう。私はそういうのが一番嫌いだ。上司に行っても気にならないとのこと、私だけが悪者みたいで、ものすごく不愉快だった。

もう絶対許してやるものか。

2009年12月21日 (月)

未来は大丈夫

昨日は、あまりに「愛の、スイーツ」が衝撃的で、それしか書けなかったが、本当はそんなことを書くつもりはなかった。ただ、その「愛の、スイーツ」を見付ける前に、そのテナントがあるスーパーストアで嬉しいことがあったのでここに書き留めておく。

別の階に向かうエスカレータから降りたとき、鼻がむず痒くなって、ズボンのポケットからティシュを取りだそうとした。私は小さいころから鼻が弱く、寒いところから暖かいところに急に移ったりすると、決まってそうなる。

鼻を拭って、歩き出したところ、背後から「すみません、鍵が落ちましたよ」と呼びとめる声がした。振り向くと、私のアパートの鍵を持った子供数人がいた。どうやらティシュを取り出した時に、同じポケットに入っていた鍵が絡まっていて、落ちてしまったらしい。

私は、その鍵を受け取ると、「ありがとう」と礼を言った。その子供たちのうち、小学5・6年生くらいの男の子から返ってきた言葉に私はびっくりした。なんと、

     「当たり前のことをしたまでです。」

こんな言葉、今まであまり言われた記憶がないし、私も正直使ったことがない。その後、子供たちは、元気にエスカレータを駆け上がっていった(これは危ないけどね)。

確かにこの鍵をなくしたら、私は帰宅しても部屋に入ることができない。スペアのキーは全部部屋の中にあって、締め出しを食らってしまう。その子供はそこまで考えていたわけではないだろうが、その思いやりの深さに、少々涙ぐんでしまった。

親御さんのしつけが行き届いているのだろうか。それとも、テレビか何かで聞いた言葉が恰好よくて、使ってみたのかもしれない。それでも、こういう言葉が、さっと出てくること自体が重要であり、ほめるに値することだ。

子供の教育、いじめ問題がうんぬん、と喧しいが、こういったことは、すべて育てている「大人」の責任だと改めて思った。しかし、子供は純粋な分、大人の嫌なところだけを見ているのではなく、良いと思ったことは実践する力がある。未来は捨てたものではない。

2009年12月20日 (日)

腐女子のかほり…

腐女子のかほり…
腐女子のかほり…
帰省土産を選んでいたら、こんなものが!こんな田舎の土産物にまで…(唖然) これ、ここらで有名な、れっきとした和菓子の老舗の商品である。

何なんだ、「純愛つくば」って? 中に「キャラクターカード」が封入されているらしい。(苦笑)

買う勇気は今のところないので、どなたかレポート頼みます(他力本願)。

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【同日16:36追記】

やはり「その筋」には、話題になっているようですね。。。知らなかった。

公式ウェブサイトはこちら(こんなものまで用意されてる!)

 → 「純愛つくば~愛のスイーツ~」 http://www.junai-tkb.jp/

2009年12月19日 (土)

二面性

こうやってブログを書いたり、コメントしたりするときは、非常に「思慮深い」人間のようにふるまうことができるのに、実社会では全く逆。

常に「いらいら」していて、何かの拍子にそれが爆発することがある。歳とともにその度合いが増しているのが、自分でも怖い。

今、JALの経営再建の中で、その「企業年金」が問題になっている。長引く市況悪化で、運用益が上がらず「逆ザヤ」を補てんする体力もなくなってきており、その減額が、政府が経営支援のために公的資金(税金)を注入するための条件となっているからだ。

それは個人年金も同じ。私も非常に少ない額ではあるが、毎月少しずつ積み立てている。入社した翌年に加入したので、もう17年近くになる。

この個人年金は、掛け金が「生保運用分」と「全労済運用分」とに分かれている。加入した当時はバブルが崩壊した直後くらいではあったが、まだ市況は良く、「月に1万掛ければ、ひと月10万はもらえる」と説明された。

それが、その後の長引く不況で、運用利率を勝手に下げられ、もらえる額は「スズメの涙」になってしまった。そしてまた、「全労済運用分」について、運用が厳しくなったので、新しい制度に移行してほしい、との通知が。同意書は12月末日の締め切り。本当に、何から何までJALそっくりである。

新制度では予定利率は同じまま。移行しなければ、予定利率は1/4になってしまう。しかし分からないのは、あくまで「もくろみ」の計算で、移行してしまうと、総額で30万円も減額されてしまう。どうしたらそういう計算になるのか、全く理解不能で、しかも「制度維持のためにご協力ください」の説明のみ。

普通の感覚なら、「はいそうですか」と納得がいくはずがない。JALの場合は「企業年金」で会社の制度だが、こちらは全く個人の運用だ。話が全く違う。

どうせ市況が良くなっても、予定利率を上回るような運用はしないだろう。移行するだけ馬鹿を見るようなものだ。

昨日は平日だったが休みだったので、問合せ先に連絡したが、本部ではなく市内の支店。担当者に分かるわけがない。結果的に、自分の不満をぶつけただけで終わってしまい、結果的に問い合わせた自分の方がただの「クレイマー」のようになって、後味が悪いことこの上なかった。

先日のメールの件だってそうだ。どうしたら、相手を傷つけるようなことをしないで、自分の不快感を伝えるような「大人の対応」をとることができるようになるのだろうか。

2009年12月16日 (水)

祈る

あなたの心にも平穏が訪れますように。

2009年12月15日 (火)

平穏を

昨日までのことを解きほぐしていったら、私にもかなり落ち度があった。

ひとつひとつ冷静に分析していけば、非常に単純な話だったのだ。

こうした時の第三者の存在は大きい。今回は上司だったけれど。

でも、こじれてしまった以上、私が出て行っては余計に話がややこしくなる。

ここは、上司にお願いするしかない。

彼にも平穏が訪れますように。

2009年12月14日 (月)

この悔しさをどうすれば

「人を呪わば穴二つ」という。そんなことをすれば、必ず自分にも災いが降りかかる、という意味。こんなことではダメだ。自分も彼と同じになってしまう。

でも、この悔しさをどうすればいいのだろう。私の仕事は「警察」や「消防」と同じ。何も起こらなければ何もする必要がない。「何もない」ことが当たり前。起こってもらっては困る。

それだけに報われないことが多い。しかし、自分にも、ここまで築き上げてきたという「自負」がある。簡単に他人に預けられないし、自分も他に道がない。

でも、この悔しさをどうすれば・・・

許せない

先日のメールの話はまだ終わっていなかった。

見識が低い」ときたもんだ。

あなたにどんな「見識」があるのかは存じませんが、こういう言葉は普通の「見識」なら、評論か、はたまた論戦にしか使ってはいけない言葉だ、ということをご存じないのか。

先日ここに、人間には「話し言葉人間」と「書き言葉人間」とがある、という記事を書いたことがあったが、「見識」などという言葉が出てくるくらいだから、彼も「書き言葉人間」だ。そして、「書き言葉人間」同士がぶつかると、得てしてこういうことが起こる。

私もいちいちこんなことに振り回されていてどうかと思う。しかし、人間には言ってよい言葉と悪い言葉がある。どんなことがあっても、私は絶対に彼を許さない。

・・・人をこんなに憎く思ったことは初めてだ。こんな感情が自分にあることが怖い。

2009年12月12日 (土)

埃のような誇り

一昨日、「倦まず弛まず一つずつ」なんてことを言ったばかりなのに、昨日、もうその言葉を裏切るような行動をしてしまった。

メールである申請を受け付けて、それを他の事業部へ依頼してやってもらう、という非常に単純な仕事だったのだが、ちょっとした行き違いでユーザを怒らせたのだ。この「申請」自体、ユーザには非常に不評で、私自身うんざりしていることもあって、確かに「やっつけ仕事」でよく結果を確かめなかった私が悪い。だが、そのユーザの抗議のメールの中に、「貴職の未熟な管理とソフトの機能で・・・云々」という一文があった。

私はこの「未熟」という言葉に過敏に反応してしまった。また、「貴職」などと言う「尊称」を用いながらも、ほとんど、「慇懃無礼」な態度に腹が立って仕方がなかった。

確かに、自分のミスでもあるし、「成熟した」人間だとは言い難い。しかし、私にだって、吹けば飛ぶような「埃」のような「誇り」だってある。上の方々から「おまえは未熟だ」と言われるのなら仕方がない。けれど顔も知らない、話したこともない人から「未熟だ」と言われる筋合いはないのだ。

だから、返信には「未熟な○○(私の名前)です。」と書いてしまった。ただ、自尊心を大きく傷つけられたのと同時に、こんなことで傷つく自分にも情けなくなってしまった。

結果、心がかき乱され、仕事が手につかない状態となって、会社を早退してしまった。本当は、昨夜は職場の忘年会だったので、それまでは我慢しようとしたがダメだった。忘年会は「ドタキャン」ということになった。幹事や上司には非常に申し訳なく思う。

帰ってからは、ほとんど寝ていた。でも振り返るに、自分も知らず知らずのうちに、こういう心無い一言を発していないだろうか。非常に怖くなった。

2009年12月10日 (木)

倦まず弛まず

今晩のNHK-hiの「プレミアム8」は、「やなせたかし」の特集だった。やなせについては、この記事で、この6月に、90歳となったことを記念して開かれた展覧会に行ったことを書いたことがある。

その展覧会で購入した図録と一緒に番組を見ていた。図録には他の雑誌等のインタビューでの受け答えも一緒に掲載されている。ただ驚いたことには、今回の番組でやなせが話していることは、その本とまるきり同じだったのだ。一応台本があって、聞かれることはある程度事前に分かっているとはいえ、自分の半生を鮮明に同じように話すことは普通はできないことだと思う。

なかなか「漫画家」として芽が出ず、作詞や「詩とメルヘン」の編集者等、「副業」の方をメインでやってきて、気がついたら「アンパンマン」を代表作とする「絵本作家」になっていた、というようなことを本人は言っていたが、その陰で「倦まず弛まず」の姿勢が貫かれていたからこそ、自分の生きてきた道を「一字一句」違わずに振り返ることができるのだろう。

顧みて自分はどうだろう。子供時代のことはおろか、ほんの数年前のことも覚えていない。本当の「一生懸命(一所懸命)」の意味を垣間見た気がした。

今日も比較的近距離であったが、電車に乗っての出張だった。確かにこの3か月は、肉体的にも精神的にもきつかった。頂いた名刺は100枚を超えた。逆に言えば、今まで名刺を刷ってもほとんど使用する機会のなかった人間が、それだけの名刺を配った、ということになる。まだはっきりとした計画は未定であるが、来年も続く。

最近、今までほとんど仕事ができなかった分を少しでも取り戻しているのかもしれない、また周囲はそうさせているのだ、と思うようになってきた。正直、今している仕事は、始めた当初は自分に合っている部分も多かった。しかし、事態は思わぬ方向に進み、一番苦手とする「交渉事」の要素が多くなり、それに伴うストレスも大きくなってきた。

しかし、自分は今のところ、これしか道はない。番組でやなせがこんなことを言っていた。「満員電車でずっと立っていても、あきらめずに待っていれば、いつかは席が空いて座ることができる」。まさに「倦まず弛まず」。自分にそれだけの覚悟があるかどうかは分からないし、今でも揺り戻しがあって振り回されるが、しばらくは一つずつこなしていこう。

2009年12月 7日 (月)

クリスマスソング

091206_161808 あちらこちらでクリスマスソングがうるさい頃になった。まだ「サンタさん」を信じていた子供時代のほんのわずかな時期を除いて、「クリスマス」には全く縁がない私には、あまり大音量で繰り返し流れていると、「騒音」でしかない。

ところでやっぱり「WHAM!(ワム!)」の「Last Christmas」が流れている。恋人たちに向けては一番流してはいけない曲なのに、なんで「学習」しないのだろう。

冒頭の部分だけで、それは一目瞭然なのに。

Last Christmas, I gave you my heart
But the very next day, You gave it away
This year, to save me from tears
I'll give it to someone special

訳)

去年のクリスマスに、僕は君に思いを伝えた。

でも、もうその翌日には、君はそれを投げ捨ててしまった。

今年はもう泣かなくてもいいように、

その思いを特別な他の誰かに伝えるつもりだ。

後はもう、「勘違いしてしまった男」の悲惨な恨みつらみを延々と歌っているだけだ。流す場面を本当に考えないと、英語圏の人たちに本当に馬鹿にされてしまうよ。

・・・まあ、それこそこんなことを書いているのは、もてない男の「ひがみ」でしかないのだけれど。

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