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2010年8月 1日 (日)

やっぱりからっぽ

子供の頃につけていた日記を読んでも、あまりに字が汚いのと、それ以上に内容がなく、何があったのか、全く分からない。

中学時代に担任とやり取りして、いろいろな思い出が詰まっていたはずの「生活ノート」は、一度、寮に持って行った後、行方不明になってしまった。並行して書いていた日記は、思春期特有のあれで、読めたものではない。

高校三年から大学二年(途中で打ち止め)の頃は、受験勉強や大学生活のことが少しは書いてあるが、「眠い」のオンパレード。そして大学生活が落ち着いてくると、アイドルに夢中になり、今度はそればかりとなって、これも恥ずかしくて読めたものではない。

しかし共通して多い言葉が「あかん」「だめ」といった言葉。勉強が進まないことやテストの出来についてなどで用いられている。具体的に何が「あかん」で「だめ」なのかよく分からないが、昔から口癖になってしまったようだ。

対照的に喜びの表現がほとんどない。

こんなことからも、いかに自分自身の中が「からっぽ」なのかがよく分かって愕然とする。自分自身を支えてくれるものが何もないのだ。

それにしても、同じ「日記」でも、不特定多数の人目に触れるこのブログの方がいろいろと書けるのは不思議だ。

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コメント

私の思う「空っぽ」とは無の境地ではないかと思います。自分自身の心との対話。目を閉じ心を静め、無になる、禅の世界ですね。自分の中の醜いものと向き合い自分を許す。
まあ、私の場合は、なんちゃってですけど。

先日、私が手首を捻挫した時に思ったことを書きます。

(1)まずレントゲンを撮って状況を把握する。骨折ではなく捻挫とわかる。
(2)捻挫の治療は湿布をして痛みをとる。
(3)痛みが消えたら無理をしないで自然に回復するのを待つ。
(3')痛みが続くようなら別の方法が必要かもしれないので医者に行く。

こんな治療でした。心の病気も同じ手順ではないかと私は思います。

よいしょさんの今の状態は、(2)(3)と思っていて、色々考えないで痛みを取ることに専念したら良いと思います。もしも痛みが消えないなら(3')になるんだと思います。

私は専門家ではないし、知識もありませんので、ただ単純にそう思いました。
チラ裏失礼しました。

コメントありがとうございます。

無の境地ならいいのですが、私は無でいることが淋しくて怖いのです。何かで埋めようとするから、余計おかしくなる。

それから、快癒した、と言い切れないのが心の病気の厄介なところです。

そもそも「適応障害」や「うつ病」は医者が、「そう書いておけば」的な病名らしいので、困りものではあるのです。

「痛みは、自分自身でしかわからないので、調子が出ないときは無理をしない。」これが捻挫治療からの気付きです。自分自身とよく会話して、痛みや調子を正確に把握することが大切と感じました。そういう部分について、医者としては問診で聞かないとわからいですもんね。
そして「自分自身の中には自然に回復する力があること。」自分を信じることも大切だと思いました。(時間はかかっても)

今週も暑い夏の日が続くのかな。熱中症にはご注意を。

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