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2011年1月

2011年1月30日 (日)

「ハートキャッチプリキュア!」第49話(最終回) ショートインプレッション

万感の思いを込めて最終回を見届けました。さわやかな、そして「ハートキャッチ」らしい最終回だったと思います。

オーケストラさん(仮称)のメリケンサックでもデューンは倒れませんでした。それどころか、ますます憎しみを募らせ、巨大化してしまいます。雄たけびを上げ、地球をこぶしで殴りつけます。これは、オーケストラさん(仮称)の「愛」のこぶしとは正反対のものです。

それを見ていたマリンが、「笑っちゃうよね、たった14歳の美少女がデューンと戦うなんて」「ちょっくら地球を守ってこよう」。ここまで緊迫して絶望的な状況で、こういう軽口が叩けるマリンは、本当にすごいと思います。サンシャインの「ゆりさんは17歳だよ」というツッコミも利いています。

先に地球にむかったマリンとサンシャインを見送った後、ブロッサムはムーンライトに先ほどの「無礼」(叱咤したこと)を詫びます。ムーンライトは「あなたの優しい気持と思いやりの心が私に大切なものをくれたのよ」と優しく微笑みかけてくれました。この時、ムーンライトはブロッサムに歩み寄り、優しく肩に手をかけてくれるのですが、その前にシプレがそっと肩から離れるます。こういう描写は、小さなこともないがしろにしない「ハートキャッチ」の作品の良いところだと思います。

ブロッサムは感激します。よほどムーンライトが好きで憧れなんでしょうね。そしてマリンとサンシャインの後を追います。

巨大化したデューンと対峙した4人。「悲しみが終わらないのは私たちの力が足りないから。憎しみが尽きないのは私たちの愛がまだ足りないから」、4人+3妖精が力を合わせると、なんと巨大なプリキュアが誕生しました。「無限シルエット」。この展開はびっくりです。

無限シルエットは慈愛の表情に溢れ、ひるんだデューンのこぶしを撥ねつけます。そして繰り出すは、「くらえ、この愛!プリキュアこぶしぱんち!」。こぶしでパンチは当たり前ですが、今まで「おしりぱんち」や「からだぱんち」、「ぜんぶぱんち」というギャグ技をやってきたので、こういうシリアスな場面でもユーモアを忘れないスタッフに脱帽です。ところで、パンチと言っても、少し小突いただけのような感じでしたが、大爆発が起きて、Aパートは終わりました。

Bパートはすっかり元通りになった街の表情から始まりました。つぼみに待望の妹「ふたば」も誕生したようです。それからはつぼみ、えりか、いつきの何げない会話がとてもさわやかです。

「私たちはすごいことをしてしまった。たった14歳の美少女が地球を守ってしまった」 ここまでてらいなく自分たちを自画自賛するプリキュアも今までなかったですね。あとは夢や人生を語ったり。。。 私は人生をまじめに考えたことがあったでしょうか。恥ずかしいです。

・・・・ もう、なんかめちゃくちゃになってしまいました。何を書いてもだめだ。

「こぶしパンチ」で、デューンは愛を受け取ったのですね。笑みを浮かべて消えていきました。元サソリーナは幼稚園の先生、元クモジャキーはいつきの道場に入門、元コブラージャはデザイナーになったようです。ここまでは「救済」されました。

しかし、ダークや月影博士は救済がありませんでした。全て「めでたしめでたし」とはならないことを、小さな子どもたちにも理解させようとするためでしょう。

最後には、少し成長したふたばと思われる女の子が、プリキュアの写真を見ながらココロパヒュームを握りしめているシーンがありました。「プリキュア」は営々と受け継がれていくものなのですね。ただ、とりあえずデューンが消えた今、また地球に何が立ちはだかるのか分かりませんが。

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登場人物で成長著しかったのはえりかでしょう。初めの頃のえりかの印象は最悪でした。しかし、その「ずうずうしさ」が、他の仲間との出会いで良い方向へ昇華され、どんなにピンチの時でもめげないムードメーカーとなっていきました。

いつきは、初めは明堂院流の後を継がなければ、とか、生徒会長として自らをまず律しなければ、という意識が強すぎました。しかし、ポプリと出会って、プリキュアになってからは、自分の「思い」に正直になっていきました。

ゆりは、世の中の孤独をすべて背負っているようでした。父が行方不明になったこと、プリキュアとして一度は敗れたことが、そうさせていたのでしょう。仲間ができてからも、自分の役割(後輩を叱咤する)を意識するあまり、冷たい印象がずっと付きまとっていましたが、最後は後輩たちを一人一人のかけがえのない仲間として認めることができるようになりました。

つぼみは・・・ すごく難しいです。引っ込み思案で恥ずかしがり屋の性格は、多分完全には払しょくできていないとは思います。ただ、その内省的な優しい性格は、仲間を思いやる力、ひいては敵でさえ同情し救おうとする力に昇華できたのだと思います。ただ、つぼみの「心の花」について、全く触れられることがなかったのは、残念だと思います。

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途中すっとばしたところもあるにはあるのですが、歴代のプリキュアシリーズで、ほぼ一年を通じて鑑賞したのは、「ハートキャッチプリキュア!」が初めてです。それは、中だるみがほとんどなく、常に良質なものを届けたいというスタッフの思いが強く感じられる作品だったからでしょう。癖があって初めはなじめなかった絵柄も、最後にはカッコよく感じられたのも不思議です。

エンドカードが「ありがとう」でした。こちらこそ、スタッフの皆さんに万感の思いを込めて「ありがとう」を言いたいです。お疲れ様でした。

2011年1月23日 (日)

「ハートキャッチプリキュア!」第48話 ショートインプレッション

正直、茫然自失です。何を書いてもダメな気がしますし、何も書けないほど密度が濃い話でした。なので、あらすじをなぞることにします。

冒頭、ムーンライトに敗れたダークが崩れ落ちる時の、ムーンライトとブロッサムの表情が印象的でした。勝利の安堵感と、どこか憐れむような微妙な表情です。

月影博士を「サバーク博士」の呪縛から解き放したムーンライトは、父を思いっきりだきしめます。しかし、父は抱きしめ返してくれません。その資格がない、と言います。しかし、ダークが最後の力を振り絞って立ち上がり、「サバーク博士から離れろ!」と叫んだのを見て月影博士は歩み寄り、ダークを優しく抱きしめます。それを見ていたムーンライトの愕然とした表情。父親を取られた、という思いなのでしょう。

ダークは月影博士の胸の中で「お父さん」とつぶやいて光となって消えていきます。幸せそうな表情を浮かべて、しかも最期はムーンライトに向かって微笑みかけて。この「微笑み」は、月影博士は自分のものだとムーンライトに勝ち誇った笑みなのか、ムーンライトを「姉」と認めた笑みなのか、そのどちらとも取れるようなものでした。

今まで明確に敵が死ぬということがなかったので、これをこの作品のテーマである「救済」と呼んでしまっていいのでしょうか。このあたりのシーケンス、ダークの方にかなり感情移入してしまいました。

それを高みの見物をしていたデューン。月影博士は研究の行き詰まりから自らデューンの誘いに乗ってしまったのですね。ただ、洗脳が解けた今、生身でデューンに立ち向かいます。それを助けるムーンライト。ブロッサムも加勢しますが、全く歯が立ちません。エネルギー弾で弾き飛ばされ、変身が解けてしまいます。

そして2発目のエネルギー弾が発射されそうになる時、月影博士は「お母さんを頼む」と言い残して、身を挺して娘たちを守って自爆してしまいました。なんという展開でしょう。目の前で父を殺されたゆりは、その憎しみをデューンにぶつけようとしますが・・・

つぼみが引きとめました。以下、名セリフの連続。

「自分の怒りや憎しみを晴らすために戦うのはやめて下さい」

「悲しみや憎しみは誰かが歯を食いしばって断ち切らなくちゃだめなんです」

「でも」と迷うゆりに、「月影ゆり!」と叱責。「あなたが何をしたいのか、何をするべきか、何のために戦うのか、自分で考えて下さい!」

これは子供向けのアニメですか?世界中の戦争がなくならないのは、憎しみの連鎖であることを子どもたちに訴えかけ、それを未来には断ち切ってほしい、という大人の願望が詰まっていて、泣きそうになりました。

自分を取り戻したゆりは、「私たちは憎しみではなく愛で戦いましょう」と、つぼみとともに再変身。ムーンライトは、ダークが持っていた種のかけらと自分のかけらが一つになって、完全復活です。ここから流れる「HEART GOES ON」がかっこいい!

初めは防戦一方だったプリキュアでしたが、今度は攻撃に転じます。そのうち、マリンとサンシャインが駆け付けます。激しい戦い。そしてマリンとサンシャイン、ブロッサムとムーンライトのフォルッテシモが炸裂。ハートキャッチした後、「万感の思いを込めて」オーケストラさん(仮称)召喚で、メリケンサック炸裂。

・・・とここで今週は終わり。

来週は最終回です。デューンはどうしてここまで「砂漠化」にこだわったのでしょうか。デューンの「救済」はどうなるのでしょうか。刮目して最終回を見届けたいと思います。

2011年1月16日 (日)

「ハートキャッチプリキュア!」第47話 ショートインプレッション

なんと書いていいのだろうか。戦闘シーンの迫力に圧されたというのもあるのだが、展開に非常に無理があるような気がして、あまり納得していないのです。

前半には、コメディも少しありました。大量のスナッキー相手に苦戦中のマリンとサンシャインのとった戦略は、なんと「た~んま!」(爆)。これだけシリアスな回に、潤いを与えてくれました。スタッフの愛を感じます。

問題は、ムーンライトとダークの戦闘に、ブロッサムが駆け付けたところから。サバーク博士はダークに加勢しようとしますが、ブロッサムがそれを押しとどめようとしたので、攻撃はブロッサムへ一旦向かいます。サバークはブロッサムに対し、「史上最弱のプリキュアだ。お前の弱さは変わっていない」と言い放ちますが、ブロッサムは、「少しずつだけと変わりました」と反論します。ここは以前、自分自身との戦いでも同じようなセリフがありました。

でも私には、どうしてもブロッサムがどこかで無理をしているような気がしてならないのです。今回の展開を見ても、確かに強くなっているのは分かります。ただ、自分自身に言い聞かせているようなところがあって、すごく痛々しく思えるのです。

それから、ムーンライトの攻撃からダークをかばおうとしたサバークの面が割れたところ。やはり、サバークの正体はゆりの父親でした。話数がないので、あまりにも唐突な展開だと思います。おそらく、面によって洗脳されていたのでしょうが、この展開は何か「とってつけた」ような感じがします。

心を乱されてしまったムーンライトですが、ブロッサムの叱咤(めずらしいですね)により、自分を取り戻し、ダークとの最終決戦です。お互いのパワーフォルテッシモがぶつかり合い、ダークが敗れ崩れるところで今週は終わり。あっと言う間でした。

このように全くまとまったことが書けません。ゆりの父親がなぜサバークにならなければならなかったのか。サバークがダークを創った本当の理由は何か。そして何より、つぼみの心の行方はどうなるのか。ラスボスであるデューンとの決戦を前に、あと2回を残すのみとなってしまい、これらの筋の回収をどうするのか、非常に心配になっています。

2011年1月 9日 (日)

「ハートキャッチプリキュア!」第46話 ショートインプレッション

最終決戦に向かう4人のプリキュアの前に、クモジャキーとコブラージャが立ちはだかります。今までなら4人で立ち向かうところだったのでしょうが、今のプリキュアは確実に強くなっています。ブロッサムとムーンライトを先に行かせて、マリンとサンシャインが対峙することになりました。

そして、マリン対クモジャキー、サンシャイン対コブラージャのガチバトルが始まりました。

とにかく、今回はほぼ全編がバトルシーンでした。激しく切り替わるカットとアングル。バトルのシーンは、制作陣の気合いが入っていて、しかも美しかったです。少女向けアニメとは到底思えません。また、いつもどことなくお笑い担当のマリンが、今までになくかっこよかったと思います(最初の緊張感のなさは相変わらずだけど)。

クモジャキーとコブラージャは、ただ「強いこと」「美しいこと」だけに囚われて、その目的は何かを見失い、しかもその裏にある「弱さ」と「醜さ」から目を背けていたのでしょう。マリンとサンシャインにそのことを指摘され、気付き始めるのですが、もう戦いの後戻りはできず、二人は敗れてしまいます。

クモジャキーの心の花は「ノコギリソウ」、花言葉は「戦い」。戦うことしか知らなかった男の悲しみが伝わってきます。コブラージャは「ハマナス」、花言葉は「美しい悲しみ」。この「悲しみ」はどこから来ていたのでしょうか。しかし、サソリーナの時のように「本体」(?)は登場しませんでした。いつか明かされる時が来るのでしょうか。

場面変わって、おばあちゃんのもとに向かうブロッサムとムーンライトの前に立ちはだかったのは、ダークプリキュア。ムーンライトは過去の自分と向き合い決別するために、一人で戦うことを決意し、ブロッサムを先へ行かせます。こちらの戦いは来週ということになりそうです。

おばあちゃんは、サバーク博士と対面し、なぜダークプリキュアを創ったのか、なぜムーンライトにとどめを刺さなかったのか、と詰問します。返答に詰まるサバーク博士。しかし、おばあちゃんは、「何か」を知っているようです。

来週はサバーク博士の正体が明かされるようです。噂になっている「あの人」なのでしょうか。でもそうとしたら、何の目的があって、デューンに協力しているのでしょうか。次回はその謎解きがどういう形でなされるのか、非常に楽しみです。

ついに次回作の「スイートプリキュア」の予告が流れました。CG臭が強いように感じますが、これも時代の流れなのかな。

2011年1月 5日 (水)

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

昨年は、休職するなど散々な1年だった。今年はこれ以上悪くはならないと信じて、とにかく「平穏」に過ごしたいと思う。

休職前・中はこのブログを結構更新していたが、復職してからは「プリキュア」の感想だけ。話題がなくなってしまっている。興味を持っていて下手の横好きで詠んでいた短歌も、最近は全くの停滞。「目標」と言ってはしんどいので言わないが、今年はこれらの「感性」を取り戻していきたい。

ところで、今現在は「仕事」のことが日常を乱している。ひいては、上司や周囲との「人間関係」。正直、あまりうまくいっていない。お互いに遠慮しているというより、私が一方的に怖がっている。というのも仕事がうまく進まないからないのだが、それがまた人間関係をぎくしゃくさせるという悪循環。新年早々こんな言葉は使いたくないが、結果、「蛇の生殺し」状態。

「病気なんだから」ということをあまり言い訳にしたくはないが、それでもしんどいものはしんどいのである。もう少し配慮して頂きたいと思うのはぜいたくだろうか。

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