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2012年1月

2012年1月29日 (日)

大団円 - 「スイートプリキュア♪」最終回 -

本日、「スイートプリキュア♪」は最終回を迎えました。今日は大団円で1年にわたったプリキュアの戦いを締めくくってくれました。

ノイズに取り込まれて、救出されたものの目を覚まさないハミィを4人が歌で救うシーン、そのハミィがようやく完成した「幸せのメロディ」を歌うことで、メイジャーランドも地上も救われたシーンは、非常に美しかったです。

そして嬉しかったのは「ノイズ」が浄化された結果、再び「ぴーちゃん」として響たちの前に現れたことです。響たちは、また会えることを信じていたのですね。ただ今度は憎むべき存在としてではなく、ノイズの本質である「悲しみ」や「苦しみ」とともに生きていくという決意が、非常にすがすがしいものでした。

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なんだかんだ言って、1年間ほとんど休みなく見たことになります。これは今までのシリーズでは初めてでした。

振り返ってみて、やはり、どこか全体に「ドタバタ」した感じとバランスの悪さは否めませんでした。後半、良い話や度肝を抜くような話も出てきただけに、前半の響と奏の痴話喧嘩が漫然とし過ぎていて、回数を無駄にしたことが非常に悔やまれます。そこでもたついた分、後半の良い話も、長ゼリフで全部説明してしまうようなところがあって、脚本的、演出的に疑問を呈せざるを得ませんでした。また、響があまりにも「強い」人になり過ぎ、元々奏と「二人で一人」でスタートしたはずだったのに、エレンやアコの登場も相まって、奏の存在感が非常に小さいものになってしまったのも残念なところでした。

今作の放送が始まって1ヶ月あまりで、東日本大震災という未曽有の大災害が起こりました。多分、この震災がなかったら、ストーリーは全く違うものになっていたに違いありません。それだけに、最終回の「苦しみ・悲しみとともに生きていく」というメッセージは、非常に重いものとなりました。被災地の子供たちにこのメッセージはどう届いたでしょうか。

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来週からは、9作目となる新シリーズ「スマイルプリキュア」が始まります。また大所帯で始まることが、非常に私としては不満のあるところですが、どんな物語を紡いでいってくれるのか、楽しみにすることにしましょう。

2012年1月22日 (日)

もし劇団が300万の借金と引き換えに解散を迫られたら - 有川浩 「シアター!」「シアター!2」 -

有川浩「シアター!」(メディアワークス文庫2009)、及びその続編である「シアター!2」(同2011)を読んだ。

有川浩は、「図書館戦争」シリーズをはじめとする、売れっ子の作家なのだが、私自身は情けないことに、昨年見た映画「阪急電車」の原作を読んだだけ、なのである。その分、新鮮な気持ちで読むことができた。

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春川巧率いる劇団「シアターフラッグ」は、声優として活躍している羽田千歳を迎え入れてから、運営方針を転換したことによって、団員の半数以上が辞めてしまうという事態に陥る。しかも、それまでボランティアで制作(経理など)の仕事を引き受けていたスタッフも辞めたことにより、そのスタッフが肩代わりしていた、それまで明るみになっていなかった300万円の赤字の返済を急に迫られることになった。巧は、兄である司に泣きつくが、兄は、2年で返済し、返済できなければ劇団を解散することを条件に、300万を無利子で貸す。果たして、「経済感覚」のない劇団員は、本気になって、借金を返済し、劇団を存続させることができるのか。。。。

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司のスタンスは、そのまま有川氏のスタンスだと考える。劇団の経営感覚の無さ、しいては演劇界全体の経済感覚の無さということに対して、司の口を借りて何度も疑問を呈している。「あとがき」を読むと、実在の劇団をモデルに書いているとのことだが、書かれた劇団は、ぐうの音も出ない、と言ったところではないだろうか。

ただ、いくら「金が正義」で、演劇が金にだらしないからといって、演劇を嫌いになれないのは、多分、司も有川氏も同じだろう。司は、なんだかんだ言って、結局、劇団の「危機」を何度も救っている。有川氏も、演劇界の有態に半ば呆れながらも、応援せざるを得ないような心情がわいてきているのだろうと思う。

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作品の印象としては、群像劇として楽しめるものとなっている。「シアター!」では、主に千歳に焦点が当たっていたが、「2」では、劇団員一人一人が生き生きと動きまわっている。劇団の頑張りだけでなく、劇団員同士の恋愛感情(+司と千歳の関係)が具体的に動いてきたところで「2」は終わっているが、「3」ではどんな展開が待っているのだろう。「シアター!」と「2」の出版間隔からして、「3」は来年になりそうだが、早く読んで、結末を知りたいとじりじりとしている。

2012年1月 9日 (月)

アニメ化希望! - 越谷オサム「いとみち」 -

越谷オサム著「いとみち」(新潮社2011/初出「新潮ケータイ文庫DX」2010~2011)を読んだ。

この作家のことは全く知らなかったが、昨年の11月に、書店でたまたま手に取った「陽だまりの彼女」(売れているらしい)を読んで、そのどうにも言えぬ「くすぐったさ」と語り口の軽やかさが気に入り、別の作品を探していた時に見付けた本だ。

そして不純だが、帯にあった次の文句が購入の決め手になった。

「お、おがえりなさいませ、ごスずん様」

訛ってはいるが、言うまでもなく「メイド喫茶」の決まり文句である。

初めに断っておくが、私は「読書家」でもないので、「書評」じみたことは書けない。この本について取り上げているブログはいくらでもあるので、気になる方は検索してそれらを読んでいただくことをお奨めする。

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さて、本題に戻ろう。もう、いや、とにかく主人公の「いと」が「めごい」。それがすべてと言っても良い。

背がちっちゃくて、訛り(津軽弁)のコンプレックスから、極度の人見知りと泣き虫、不器用でドジっ娘、なんて設定は、反則的である。

そんないとちゃん(そう呼びたくなる)が、人見知りを治そうと、青森市にあるメイド喫茶でアルバイトを始める。しかし、その「萌え設定」が災いして、なかなかお店になじめない。とにかくおばあちゃん譲りの津軽弁によって、メイド喫茶の常套句である「お帰りなさいませ、ご主人様」の挨拶すら、満足に言うことができない。

いとちゃんには、津軽三味線の心得がある。しかし、脚を思いっきり開いて演奏する自分の姿が恥ずかしくて、一年前にやめてしまった。物語の縦糸は、こうしたいとちゃんの思春期特有の「コンプレックス」を克服していく過程である。

思春期の真っ最中は、こうしたコンプレックスは自分にしかない、と思いがち。でも、先輩メイド二人、店長、そしてお客も、いろいろなコンプレックスがあるのだ、ということをいとちゃんは知っていく。そこから、いとちゃんの「進化」は劇的に始まっていくのだ。

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・・・いろいろ書きたいことがあるのに、上手くまとまらない。ごめんなさい。

よく、人は変わりたいと思った時にはもう変わり始めているのだ、いつでも人はスタートし直せるのだということを聞く。いとちゃんは、メイド喫茶でアルバイトを始めた時点で変わっていたのである。私は実はそういう考え方が非常に苦手なのであるが、この物語はそうしたことがテーマではあっても、説教くさいことは一切なく、素直にいとちゃんの成長物語として楽しむことができた。

また、「家族」が一つの大きなテーマだ。いとちゃんは、母親を小さい頃に亡くしているが、自分のコンプレックスだった背の小ささと、脚を大きく開く三味線の演奏スタイルが母親譲りだったことを知って、ずっと強くなっていく。物語の終盤での「トラブル」も、家族の支えがあって乗り越えることができた。なかなかなじめなかったお店も、いつしか、「家族」のように思えるようになった。

そして、「陽だまりの彼女」でも感じた「くすぐったさ」がこの物語にもあった。思春期特有の「コンプレックス」と、その裏返しである「自意識過剰」な心理描写が良く書けていて、それがそう思わせるのかもしれない。

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こんなに「めごい」いとちゃんのお話は、アニメの好きな御仁には、絶対ヒットすると思う。お奨めである。そして、これを映像で見てみたい。実写もいいが、アニメがいちばん雰囲気を伝えられていいと思う。但し連続アニメは、話の展開上、結構難しいと思われるので、単発のOVAか映画がいちばんふさわしい。

津軽弁が難しいかもしれないが、別に本職の声優である必要はない。単に青森出身の「素人」の女の子の方が、いとちゃんの「初々しさ」にはいちばんフィットするように思える。おばあちゃんの津軽弁は、記号で書かれるほど聴きとりにくい、という設定だが、声優の選定にあたっては、そこまで訛りを強くする必要は必ずしもないと思う。

とにかく、アニメ化なってほしい、と強く思っている次第である。

謹賀新年

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かなり遅くなってしまいましたが、明けましておめでとうございます。

昨年は震災など、悲惨な出来事が多かったので、今年は平穏な一年になることを祈念しています。

このブログは、昨年、更新がかなり滞ってしまった。復職してから、規則正しい生活(早寝・早起き)を心がけているので書く時間があまりないのと、どうも震災後、何をしても心に響くことが少なくなったし、書こうというモチベーションがわきあがってこないからだ。復職後、まあ、細かいことはいろいろあるが、それでもなんとか心の平穏は保ってきていると思うが、それが逆に「抑圧」になっているのかもしれない。

昨年書いた記事は少ないうえに、情けないことに「プリキュア」ばかり。しかも、その唯一のネタである「プリキュア」も、珍しく毎週見ているくせに、どうもあまり心に響いてこなくて、余計に更新が滞る原因になった。

さて、明けた2012年。私は基本的に「目標」というものを立てるのが苦手(嫌い)な人間であるが、強いてあげるとすれば、とにかく「平穏」である。昨年もそう言っていたが、震災で前提が崩れてしまったので、今年こそ落ち着いて物事に当たりたい。

それと、本を読もうと思う。昨年、「神様のカルテ」にはまって以来、あまり重いテーマのものは負担が大きいので、軽い読み口の、かといって「ライトノベル」ではない程度の小説を探しては読んでいる。この習慣を続けたい。

また、昨年全くできなかった「短歌」を再開したい。もともと下手くそな上に、ブランクが開いてしまったので、言葉のリズムを取り戻すことから始めたい。

ずっと言っていることだが、とにかく「感性」を高めたい。美しいもの、楽しいものに素直に感動し、その感動を人と分けあえる人間になっていきたい。

更新は多分今年もあまりたくさんはできないだろう。それでも、数少ないこのブログの読者の方々、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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