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2013年12月

2013年12月22日 (日)

読書記録:10月下旬から12月中旬に読んだ3冊

読むペースがガタ落ちなのに加え、頭に全く入ってこないので、題名だけでも記録しておく。

◆森見登美彦「ペンギン・ハイウェイ」(角川書店2010/角川文庫2012)

不思議な「お姉さん」と優秀であろうと背伸びする少年との奇妙な「恋愛」。

◆有川浩「キケン」(新潮社2010/新潮文庫2013)

有川氏お得意の「恋愛」が描かれていないのが珍しかった(ひどい失恋話はあったが)。

◆小川糸「食堂かたつむり」(ポプラ社2008/ポプラ文庫2010)

同氏の「喋々喃々」と同じように出て来る食べ物はおいしそうだった。それと対照的に「性欲」(あまりはっきりと描かれていないが)の描かれ方が少しエグい。「食欲」と「性欲」とは人間の「本能」として、どこかでつながっていて、切り離せないものなのだろう。

これで今年読み終わった本は、26冊となった。昨年比-5冊。初めのうちは2ヶ月に5冊というペースもあったが、最近は3カ月に3冊というペースまで落ちてしまった。まあ、無理しないようにゆっくり読んでいこう。

「ドキドキ!プリキュア」第45話 ベリーベリーベリーショートインプレッション

話が一気に重くなってきましたね。あらすじについてはまとまらないので、他のサイトさんにお任せすることとして、感じたことだけ少し。

ジョーことジョナサンがエターナルゴールデンクラウンを手に入れたこと、クラウンに触れた亜久里が一瞬に全てを悟ってしまったことは、経緯がすっ飛ばされてしまったので、少しご都合主義的な感じはしましたが、ここまで大詰めになってしまったので仕方がないのかな、と思いました。

王女は「幻」でした。亜久里とレジーナはその命から生まれた「光」と「影」でした。

このままでは、誰もが「幸せ」になれません。ジョナサンと真琴は心の支えであった王女を既に失っています。マナたちにとっては、亜久里とレジーナの「決着」がついたら、「友達」であったどちらかが消えることになります。しかも、もし奇跡が起こって王女が復活したら、一度に二人を失ってしまいます。さらにジョナサンと真琴は、望んでいた王女の復活と、恐れている二人の喪失の間でもっと苦しむことになるでしょう。

正月明けの次回では、王女の秘密とキングジコチューの秘密が語られるようです。考えられるような「悲劇」を乗り越えられるような「解」はあるのか、それを解くための「愛」とは何なのでしょうか。刮目して見届けたいと思います。

2013年12月15日 (日)

「ドキドキ!プリキュア」第44話 ベリーベリーベリーショートインプレッション

レジーナが「扇子の要(マナ)がなければプリキュアはバラバラになる」と、「生徒会長スピーチコンテスト」なる姦計を使ってマナをおびき出し、他の4人と引き離す作戦に出ました。

六花は、マナがいなくなった分、自分が頑張らなければ、と生徒会の仕事を頑張りますが、やはりどうしても滞ってしまいます。しかし、ところどころに貼られたマナのメモに励まされます。いままでどれだけマナに助けられてきたかを改めて思い知らされると同時に、「いつまでもマナと一緒にいられるわけではない」と頑張る決意をします。

一方で、マナはおりに閉じ込められてしまいました。変身して出ようと格闘しているところに、懐かしい声が。

クリスマスパレード会場で楽しく遊ぶ4人。しかし、マナがいないとやはり寂しさは隠せません。そこへレジーナたちが襲撃します。しかし、マナがいないと弱いと踏んでいたのに、そんなことはなく、レジーナたちは追いつめられます。ダイヤモンドたちは、マナのことが好きだからこそ、「マナとは離れていても離れない」から強いのだと説きました。

逆に、ダイヤモンドは「レジーナもマナのことが好きなんでしょう?」と問い詰めます。レジーナは初めは否定しますが、それは照れ隠しで、本当は好きなのだと告白します。それをいつの間にか脱出したハートが聞いていました。ハートはもちろん喜び、一気にレジーナとの距離を詰めます。眼の色が青に変わり、一瞬だけ素直になったように見えたレジーナでしたが、「マナにはみんながいるのに、パパには自分しかいない」と、二つの「愛」の間で苦しみます。その時、キングジコチューのレジーナを探す声が聞こえて、レジーナはまたキングジコチューのもとへ帰るのでした。

さて、マナを救出したのは、ジョー岡田ことジョナサンでした。

今まで亜久里を除く六花・ありす・真琴は、マナがいないと何もできないところがありました。マナの求心力が強すぎたように思えます。しかし、一緒に戦っていく中で自らを高め、マナがいなくても頑張れるようになれました。そして、マナはその4人をさらに大きく包み込む「愛」を発揮できる人物に成長しました。その「愛」は再びレジーナを包もうとしています。

レジーナは、キングジコチューに闇堕ちさせられていても、マナへの気持ちが変わりませんでした。ただ、「父」であるキングジコチューとの「二者択一」を迫られて苦しみ始めています。マナの「愛」とレジーナの「愛」の違い。ここに、本作が説く「愛」の本当の意味が隠れているように思います。

長いこと行方をくらましていたジョー岡田が復帰しました。神器の最後の一つ「エターナル・ゴールデン・クラウン」が見つかったとのこと。次回のタイトルを見ると、訳ありとみられているレジーナとエースこと亜久里の対決もありそうです。

2013年12月 8日 (日)

「ドキドキ!プリキュア」第43話 ベリーベリーベリーショートインプレッション

今回も亜久里回でした。

冒頭でエースの変身が解けて亜久里に戻ったところをおばあさまに見つかってしまいます。ショックを受けた亜久里ですが、おばあさまは亜久里の秘密を話すのでした。

不思議な光が竹やぶに落ちて、最初は赤ん坊だったこと。ジコチューが現れて、赤ん坊の不思議な光で撃退したこと。すぐに10歳くらいの女の子に成長したこと。その時に不思議な声が聞こえたこと。

家を飛び出した亜久里は、マナの家でその晩は過ごすことになります。そこで、シャルルが疑問を呈したことは、そのまま視聴者の疑問です。ジコチューに敗れたのはいつなのか、ということです。亜久里も自分の記憶に矛盾があることに気が付きました。王女様の夢を良く見ることとかなり関係がありそうです。

そして、枕を並べた亜久里は、いつも上げている前髪を下ろしていましたが、その姿はレジーナそっくりでした。

翌日は授業参観でした。父兄の前で絵を書いてそれを発表する授業です。その時、レジーナがジコチューを召喚して、学校中の絵を消してしまいます。エースがみんなの絵をなんとか回収したのに、自分が描いたおばあさまの絵だけは、ジコチューの手に渡り消されてしまいました。

それにショックを受けるエースですが、ジコチューの前に毅然と立ちふさがったのはおばあさまでした。エースは、おばあさまの自分に対する愛の深さに感動し感謝します。その思いの光に力を得たプリキュアは、ジコチューとレジーナを退けることができたのでした。

中盤頃までは、この番組が伝えようとする「愛」の意味が良く分かりませんでした。物語があまりにも淡々と進み過ぎて、物足りなく思うことも多々ありました。終盤になって、上手く言い表すことはできませんが、「愛」の暖かさを感じさせる回が多くなってきました。あと5回程度ですが、全ての疑問を解決し、ハッピーエンドを無事に迎えることができるのか、ますます目が離せなくなってきました。

2013年12月 1日 (日)

「ドキドキ!プリキュア」第42話 ベリーベリーベリーショートインプレッション

亜久里は誕生日が分かりません。この世に生まれてきた記念日を一緒に祝う幸せを亜久里に味あわせてあげたいと張り切るマナたちの優しさが溢れていた回でした。また何といっても、「孤児」である亜久里を引き取ったという「おばあさま」の優しさ。亜久里を見守る愛の深さを感じました。

お茶の会で亜久里が思わず「あの人」と言ったのは、亜久里とおばあさまの間には血のつながりがないと言う事情があったのですね。そういう伏線がだんだん回収されていきます。

意外なことに孤児であるのは真琴も同じでした。亜久里に対するおばあさまに相当するのが、王女様だったわけですね。ここでも真琴と王女様の絆の深さを感じることができます。

そうした亜久里と真琴の対比に、さらに重層的に重なったのがレジーナと亜久里の対比です。

二人の容姿が良く似ていること。どちらもスイーツに目がないこと。レジーナは亜久里(エース)に会うと、落ち着かなくなってしまうこと。

そこに、王女様の夢を見てうなされるようになってしまった亜久里のことを考えると、この3人には、ますます「切っても切れない」関係があると確信せざるを得ません。

来週も亜久里回のようです。「おばあさま」に亜久里がエースであることがばれてしまうようです。亜久里とおばあさまとの愛にも新展開がありそうです。

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ドキプリは「愛」がテーマということで物語が進んできたわけですが、「ドキドキ」という名称が邪魔をして、なかなかその訴えようとしているところが分かりませんでした。終盤に入り、プリキュアたちが守ろうとしているその「愛」の意味が、だんだん解きほぐされて分かりやすくなってきたと思います。

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