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2014年1月

2014年1月26日 (日)

「ドキドキ!プリキュア」第49話(最終回) ベリーベリーベリーショートインプレッション

最終回でした。ベールが闇の力の欠片を飲み込んで、「プロトジコチュー」となってしまいました。圧倒的な力の前に苦戦するプリキュアとレジーナ。

ハートのプシュケーが黒く染められ、抜かれてしまった時は、どうなるかと息をのみましたが、マナ自身の強さと仲間との絆でそれを取り戻し、「パルテノンモード」にパワーアップ。

ジコチューに対するハートの呼びかけがふるっていました。「自分ひとりだけになったら、横入りも信号無視もできなくなる」。自己中であることも、周囲に人がいなければ意味がない。逆説的で非常に興味深いものでした。

そしてパワーアップした「マイスイートハート」で、ジコチューを浄化することができたのでした。

でも、王女は戻ってきませんでした。真琴とジョナサンにとっては、非常に辛いものですが、王女の意識が真琴をねぎらってくれました。

平和が戻った後のことも描かれました。破壊された街は「お約束」で何事もなく元に戻りましたが、キングジコチューが攻め込んできた時に開いた「時空の裂け目」はそのまま残り、「トランプ共和国」(国王は退位し、ジョナサンが初代大統領!)と地球との交流が始まりました。まさに「災い転じて福となす」です。

四葉財閥はこれが商機とばかりに、「全自動クリーナー」を100万台発注。マナは生徒会を引退、六花は受験勉強にますます力が入り(百人一首はやめられないようですが)、レジーナはマナの中学に編入、亜久里はクラスの仲間と溶け込むことができ、真琴は世界的スターへ。

そして、プリキュアの存在は政府の知られるところとなり、いつでもマナと「ホットライン」で繋がり、世界の危機を救うために、プリキュアはこれからも活躍を続けていくのでした。

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1年間見てきて、どう感想を述べたらよいかわかりませんが、尻あがりに面白くなってきたシリーズだったと思います。16話あたりまでは、物語があまりにも淡々と進み過ぎているような感じがして、感想を書くことができませんでした。

まず、「ドキドキ!」というのが、本作の言わんとしている「愛」にあまり相応しい表現ではないように思えていました。「自己中」と「愛」の関係も分かりづらいところがありました。

マナをはじめとしてプリキュア全員が「高スペック」で、おバカな子が主人公を務めることの多かった前シリーズまでよりも感情移入がしにくいところがありました。また、プリキュアの力の源でもある「ラビーズ」の扱いが、結局中途半端なままでした。

しかし、レジーナの登場、再闇堕ち、エースによる鍛錬、レジーナの再登場と取り戻すための戦い、亜久里とレジーナの秘密と物語が進むにつれ、中身が濃いものとなっていきました。

その過程で、前半の「伏線」の丁寧な回収、過去のゲストキャラの成長なども描かれて、物語がより一層重層化されました。

「完璧超人」であるマナの「強さ」は、結局どこから来たのか分からずじまいでした。でも、これだけの「愛」の強さを発揮するには、それなりのスペックが必要だったと思います。しかし、それでも、レジーナの再闇堕ちから立ち直っていく過程や、やはり初めはどこか「おせっかい」なところがあった「愛のふりまき方」から、周囲を等しく包んでいく「愛」へ昇華していった過程を見ると、マナにも大きな成長があったと言うことができます。

また、プリキュア内の「愛」も、マナへの一方的な偏愛から、相互への愛にパワーアップしました。

総じて、「10年目の気合い」を見せて頂いた作品だったと思います。スタッフ、声優の皆さん、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

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来週からは10周年記念作「ハピネスチャージプリキュア!」が始まります。どういう「幸せ」のあり方を見せてくれるのか、楽しみにしたいと思います。

2014年1月19日 (日)

「ドキドキ!プリキュア」第48話 バリベリーベリーショートインプレッション

キングジコチューとの最終決戦、いや、国王を取り戻す戦いでした。

自分が盾になって他の仲間を先に行かせる、という展開はプリキュア伝統の戦い方ですね。それに加えて、今回の戦い方は「巨大化ランス」などギャグもちりばめられていて、新しい演出だと思いました。小さいお友達にとっては、怖がることなく、笑顔でプリキュアを応援できたと思います。

マナにとっては、「キュアハート」であることよりも、「大貝第一中学生徒会長」であることが、揺るがないアイデンティティなんですね。それがTV中継されてしまったことで、正体が家族や学校の仲間にばれてしまうことになりました。そうすれば一緒に戦っているのは、六花たちマナの友達だとすぐに分かります。四葉財閥をもってしても、隠しおおせることができなくなった、とセバスチャンがつぶやいたことは、第2話を思い出させてニンマリでした。また、「なんちゃら秘密なんちゃら法」をちらつかせるどこぞの政府を揶揄しているように思えたり。

国王が家族(王女)への愛と平和を天秤にかけたことについて、どう「答え」を出すか注目していましたが、「家族の愛へは自己中なんかではない。それを利用しようとする方が悪い」と明確にしました。世界中で紛争が絶えませんが、為政者や権力者に聞かせたい言葉です。

クラスメイトや町中の声援を受けて、プリキュアはキングジコチューを倒し、国王を救出することができました。しかし、闇の力の残骸をベールが飲み込んでしまいました。ベールは自分の野望を達成したわけですが、マナたちプリキュアはどう決着をつけるのか、最終回を見届けたいと思います。

2014年1月12日 (日)

「ドキドキ!プリキュア」第47話 ベリーベリーベリーショートインプレッション

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。多分今年もプリキュアや読書記録くらいしか書かないでしょうが、よろしくお願いします。

ドキプリが大詰めを迎えています。前回、トランプ王国の悲劇は、家族と世界平和を天秤にかけたことで起こってしまったことが明らかになりました。ただでさえ難しい「究極の命題」をどのように解決していくのでしょうか。

今回は、レジーナを取り戻し、キングジコチューを説得しようと奮闘するハートたちプリキュアが描かれました。ダイヤモンド、ロゼッタ、ソードが、ハートを通じて得た「愛」について語るところが素晴らしかったです。

一人(マナ)を「独占」しようとするのではなく、他の誰かをその人が好きであっても、その他の誰かも愛そうとしたい。そうして愛の輪が広がっていくのだと言う論理は説得力があります。確かに六花はマナが真琴やレジーナと仲良くしようとしていることに「嫉妬」を覚えていました。真琴は王女のためだけに躍起になっていました。ありすは、その中でもいちばん「大人」な対応を取ってはいましたが、六花の嫉妬を誰よりもよく分かっていたことが、自分の中にもあった嫉妬を投影していたと思います。

そして絶望的な状況であっても、助け合おうとする街の人たちの「愛」。まもなく3年を迎える大震災の時の人々の助け合いを彷彿とさせ、胸が熱くなりました。

ハートはレジーナと戦おうとしません。それは、一度レジーナが心を開いた時に約束した、キングジコチューと話し合うということを守ろうとしていたからでした。そんなハートの愛に、レジーナの頑なな父への偏愛はほぐされ、新たな愛に目覚め、ドラゴングレイブも真の力に目覚めたようでした。

エースは、それらの「愛」を感じることで、キングジコチューは倒すべき敵ではなく、助けるべき「父親」であることを認識しました。

多分、前回の「命題」は答えが出ないでしょう。でも、来週あたり、この作品で訴えようとしてきた「愛」で、キングジコチューを救う展開が待っているものと思います。

それから気になったことは、ベールを除く、マーモとイーラが、どことなく戦闘に身が入っていない(気が抜けた)ように見えたことです。イーラについては顕著で、ダイヤモンドを助けようとしましたし、レジーナの変化を認めてどこか冷めています。この3人についても、どう和解するのか期待したいともいます。

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