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2016年3月11日 (金)

震災5周年にあたって思うつれづれ

※以下「*」という記号がいくつか出てきますが、検索回避のためです。ご了承ください。

東日本震災から今日で丸5年。

今日はたぶん変に感動を誘ったり、あの日を忘れない、頑張ろう、祈ろうとしか叫ばないような番組しかしないだろうから、TVは絶対見ない。もちろんそれは大事だし、私も発生時刻の14時46分の前にこんなことを書いているけれど、その時刻にはただ静かに黙とうするつもりだ。

震災以来、TV・新聞もほとんど見たり読んだりしなくなってしまった。別に政*家たちが言うように「偏*」しているからという理由ではないし、別に私自身はそうは思っていない。全てのマスコミが判を押したように同じ報道をすれば、それこそ戦前の「大**発表」だ。記事や番組が「人間」によって作られる以上、それに携わる人たちの「考え方」が反映されるし、それによってそれぞれの社によって「色」がつくのは至極当たり前のことだ。

ただ、震災以降、視聴率や部数を稼ぐために、センセーショナルな報道が増えた。TVは元々そういう面はあったが、「高級」と思われてきた新聞までもが「イエロージャーナリズム」化している。逆にこれまでイエロージャーナリズムと言われてきた週刊誌の方が、良い記事・スクープを出していることが多い。

報道はできるだけ「事実」だけを伝え「感情」を押し付けてはいけないと私は思う。そして、その「事実」も賛成・反対両方の立場を公平に報道しなければならない。ただ、それでは確かに「色」は出ない。もし視聴者・読者に「立場」を明らかにしてほしい場合や、「感情」に訴えるような報道が必要な場合は、「事実」の部分と完全に分離しないといけない。ここまでは事実、ここからは読者に考えてほしいこと、感動してほしいこと(あまり好きではないが)の区切りをつけてなくてはいけない。

ただ、視聴者・読者にも「リテラシー」が必要なのは当然のこと。「事実」は自分で取材しなければ分からないことが多いが、センセーショナルな報道に惑わされないよう、複数の報道を比較する、少なくとも「批判的に」受け取る姿勢が必要だと、自分も含めて反省しなければならないと思う。

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それにしても、被災地の復興が遅れ過ぎている。阪神・淡路の時と比べて明らかにペースが遅い。もちろん、被害の規模が桁違いだったり、*事故という未曽有の出来事があったから、という理由はあるが、明らかに力を入れていないと感じる。

「経*」を循環させることに力を入れ、結果的に復興に繋がらせようとすること自体は間違っていない。ただ、それでは結果が出るのがどうしても後ろ倒しになるし、今の状況を見るにもう限界が見えているのは火を見るよりも明らかだ。

「*済」に行き詰まると「地*学」に国民の目を向けさせるのは戦前と同じ。国民はここに騙されてはいけない。

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