« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2016年6月

2016年6月14日 (火)

リワーク(復職支援)プログラム第3週目

今回は全体に調子が悪く、しかも水曜日に自分にとってもショックの大きいことが起きて、かなり不安の強くなった週なので、あまり詳細に振り返るのはやめることとする。

座学は認知トレーニングについては終わった。しかし、アサーショントレーニングの方は残ってしまった。やはり私の「分からず屋」の「認知のクセ」(性格)のせいだ。認知トレーニングは今回初めて「7つのコラム法」の練習をしたが、私には例えば「適応的思考(新しい考え方)」が運よく浮かんできたとしても(ひねり出すのも一苦労)、それがどうしても「理想」というか、「規範」、もっと下卑た言葉で言うならば「いい子ちゃんの思考」に思えて、それによってスッキリした気分にはどうしてもなれないのだ。

その認知トレーニングがうまくいかないことにもやもやした気分のまま、水曜日は目覚めが悪く起きるのも辛かったので、布団の中でスマホをいじってTwitterのタイムラインを追っていた。すると、気になるリツイートがあって、そのリンク先を開いてしまった。

普段なら大体スルーするようなツイートだ。そしてリンク先は2年前の記事だった。なぜ今頃になってそれが回ってきたのかは分からないが、何か縁があったのだろう。読み込んでしまい、記事に衝撃を受けたのと同時に、それに共感してしまう部分があって、私はそのことに二重に衝撃を受けてしまった。

その記事は、ある事件を起こした被告が裁判の最終弁論で陳述した内容を書き起こしたものだった。その事件のあらましをここで述べるのはやめよう。私のようなマンガやアニメの好きな人間にとっては、非常に記憶に残っている事件だからだ。それに「共感する」と書こうものなら大変なことになる。

私は被告が逮捕された時に報道された犯行動機については、「全く自分勝手で理屈の通らない自己顕示欲を満たすためだけにやったことなのか」と憤慨していた。しかし、最終弁論に至るまでの拘置所の中で、ある人から差し入れられた本を読んだことによって、ここまでの成育歴を振り返ることができ、自分には何が欠けているかを分析し、それをまとめたのだという。だからといって反省の言葉はなかったが、非常に説得力のある筆致でつづられていた。

被告は幼少の頃、両親から虐待を受け、通っていた学校でもいじめを受けていたらしい。そのことによって、自分がどんな性格になってしまったのかを冷静に分析している。その細かい内容については省く。私は虐待やひどいいじめを経験したという自覚はない。だが、私は次の一文にガツンと頭を殴られたような衝撃を受け、これは私のことだと思い知らされた。

「ある程度の年齢になれば頭で規範を理解できるが、規範を守った対価の『安心』を理解できない」(原文の意味を変えない程度に表現を一部変更)

これは前述した認知トレーニングついて私が感じていた「違和感」そのものだ。ここで言う「規範」は「適応的思考」、「対価」はその思考に至った後の「新しい気分」に相当する(あくまでも私の考えであって、正しいものではないということは念のため)。そのあまりにも的確でありながら簡潔な表現に、私は完全に打ちのめされてしまった。

私はとにかくこの気持ちを知って頂きたくて、水曜日の午前中のレクリエーション活動(ウォーキング)を欠席して、それを原稿用紙に書きなぐり、問題の記事のコピーと一緒に提出した。

その晩は寝付けなかった。もう翌日は休もうと思った。果たして木曜日の目覚めは悪く、やっとのことで起き上がり、それでもなんとか通所した。しかし、前日の殴り書きを読んで下さり、具合の悪そうな様子を見て取って下さったカウンセラーが午後のグループミーティングを休んだ方がよいと言われたので、早退することとした。

金曜日は早く目覚めすぎてしまった。しかし、前日ほど調子は悪くなく、早めに自宅を出て、普通グリーン車を奮発した。

この日は、「ストレス対処法」として、大学の先生による毎月定例の講習があった。体験コース時にも一度聴講する機会があったが(その時は今年度最初の講習だったらしい)、今回もユーモアあふれる話しぶりで楽しいものだった。最後の質疑応答で、思い切って先述の「アサーショントレーニング」や「認知トレーニング」について疑問に思っていることをぶつけてみた。先生はこういうトレーニングが「強制的」になってしまっている現状があると、ここでのプログラムを下手すると否定しかねないことを言われたが、そういう気分や認知を適応的思考に持っていくことよりも、結局は「行動」や「環境」を変化させるように働きかけるようにすることの方が大事だということだった。やはり私には難しいようだ。

午後はSSTだったが、かなり深刻な内容で、体験していないこちらも聞いているだけで辛いものがあった。私にもそれほどではないが、似たような経験があるからだ。しかしここでも、無意識に目をそらそうとしているのか、発言はすれども「後ろ向き」なことしか言えなかった。

一日の予定が過ぎた後、もう一度カウンセラーと話す機会を得た。先述した被告に差し入れられた本とはこれではないかという紹介をして下さった。滅多にこういう本は読まない私だが、なぜか興味が湧いた。早速帰りに水戸で途中下車し、駅前にある書店を探してみたが、「簡単にうつは治せる」とか、「スピリチュアル」な本ばかり並んでいて、逆に気分が悪くなってしまった。それで、帰宅してからネット通販で注文した。2年前に出版された本なので、在庫確認などのために2・3週間かかりそうだが、早く読んでみたい。

それから、プレゼンテーションの準備指示があった。発表したい題材は決めたので、ネットで情報を収集し、自分が昔撮影した写真などを整理している。締切は来週いっぱい。途中、通院などで不在にならざるを得ない日があるので、計画的に進めたい。また、今までの自分の仕事の大部分はPowerPointによる啓発活動だったので、仕事勘を維持するためにも、しっかり取り組みたいと思う。

2016年6月 6日 (月)

リワーク(復職支援)プログラム第2週目

第1週分と同じく、自主作業中にこれを書いている。第2週はこんな感じだった。

1.アサーショントレーニング

第1週で時間がかかってしまったので、まだイントロダクションである。ただ、なんとなくまだ「違和感」を感じる。自分の「思い込み」(とテキスト上で言われるもの)が「非合理的」(とテキスト上で言われるもの)だと自分では認められないのだ。それを「合理的な思考」(とテキスト上で言われるもの)に変換することが大事だということだが、それにはかなり労力がかかりそうだし、そもそも自分の考え方を「アサーティブ」に伝えることが目的ではなかったのだろうか。「思い込み」を無理に「合理的な思考」へ変換することが果たして「アサーティブ」な行動なのだろうか。そのあたり何か矛盾を感じるので、一度聞いてみようと思う。

2.認知トレーニング

私の受講態度が第1週に比べると「素直」だったようで、トレーナーの方や他の方からは「変わった」と言われたが、自分自身はそうでもないように思える。トレーナーの方は私の第1週での態度を見て、「これからどう(私の)心ををほぐしていこうか」と心配されていたそうだが、自分でもむべなるかなと思っている。それに、時間が経ってくると、やはり前述のアサーションと同じような違和感を感じてきているので、ここで少し整理しておきたい。

認知行動療法はいわゆる「7つのコラム法」というやり方で、自分の「認知のクセ」を知り、それに対して「修正」していこうとするものである。記述してそれらを整理していくのが具体的なやり方だ。

7つのコラムとは、まず起こった「状況」を書き、それに対して感じた「気分」、それに続いてなんとなく浮かんでくる「自動思考」、その思考に至った「根拠」、自動思考と根拠への「反証」、そしてその結果どうするか(考えを修正するか)の「適応的思考」、そしてそこに至った時の「気分」をそれぞれ記述するものである。私が感じる違和感とは、「最初の気分」と「自動思考」の区別がつかないことと、「適応的思考には理想を入れてはならない(自分の実行可能なことのみを記述する)」ことが難しく、また「反証」は「適応的思考」(と言われるもの)が浮かんできてからできるものではないかという疑問である。「実践」で何かつかめればいいのだが。

3.グループミーティング

「人を褒める・褒められる」の訓練だった。組になって相手の良いと思うことを褒めちぎる。また、世の中では「マイナス」と思われるような点を、「プラス」な言葉に変換する。大人になると、人に褒められることはほとんどなくなるし、人を褒めることもなかなか難しい。それは、例えば良い言動を行ったとしても、大人の世界では「それが当たり前」という前提があるからだ。ただ、私は思った以上に調子が悪く、訓練には参加せずに見学だけとなってしまった。

4.SST

テーマは「忙しい人に仕事を頼む」。対人関係を築くのに難を抱えていたり、それがストレスになったりする人は、誰もが悩む道だ。しかも、長引く不況のせいで、人員に余裕がなく、全ての人がたくさんの仕事を抱えている。こういった状況で何かを頼むことは、露骨に嫌な顔をされることもあるので、きついことこの上ない。本当は私もその困難さを常々感じているので、積極的に参加したかったのだが、途中から急激に眠気が襲ってきて、その場にいること自体が辛くなってしまった。たぶん、私の中で意識していない「トラウマ」がよみがえってきて、「逃避反応」が出てしまったのだろう。SSTではしばしばそういうことが起こることがあるそうだ。

5.一週間のまとめ(これはカリキュラムではなく自分のメモのため)

先週は天候が不順だったせいか、毎朝起きるのが辛く、帰宅してからもぐったりしてしまって、生活が乱れていた。それに、酒量が増えたのも問題だった。それでも、職場のカウンセリングがあるために欠席した水曜日を除いて、休むことなく通所できたことはよかったと思う。また、金曜日はそれまでの不調がウソのように気分が晴れやかだったが、あまり集中力が続かなかったのと、グループミーティングとSSTで急激に調子が悪くなったのが残念だった。おそらく自分の内面と向き合うことが辛くなってしまっているのだろう。それが改善できる日が私にも来るのだろうか。

<おまけ>

これを書いていたのは月曜日の午前中で、それだけで書き上げてしまった。先週ははじめてだったから書くことも多く、1週間分の自主作業時間分もかかったが(トータル約5時間半、3600字)、今週は約1時間半で、およそ2000字を書くことができた。何か堅苦しいことを書いているわけではないからだと思うが、一応、自分の「得意分野」だとして、素直に認めることとしよう。ただ、明日から何を書こうか、悩みの種ではあるが(苦笑)。

2016年6月 2日 (木)

リワーク(復職支援)プログラム第1週目

先週月曜日からリワークプログラムの本コースが始まった。取りあえず、どんなことをする(した)のか記録に残しておこうと思う。まあ、記録自体は、プログラムでも毎日・毎週行っているし、その原紙はバインダーに綴じているので、別にここに書く必要もないが、ここではもう少し自分の「内面」にも触れたい。また、ひょっとしたら(というかかなりの確率で)毎週の更新にはならないと思っている。ただ、私と同じように「心の問題」等で仕事を休まざるを得なくなり、復職への手掛かりをつかもうとしている方の参考に、少しでもなればと思う。

私が通うセンターの大まかな毎週のスケジュールはこうだ。センターで過ごす時間は10:00から15:00が基本で、前後一時間ずつ延長しても良い。始業時と終業時には、健康・気分チェックを兼ねたミーティングがある。午前中は主として「自主作業」(後述)、午後は各種トレーニング(病院ではないので「療法」とは言わないが実質同じもの)やカリキュラムとなる。

では、具体的に実際にしている(した)ことはこんなことである。

1.アサーショントレーニング

「アサーション」(assertion)とは、非常に聞きなれない言葉だ。元々「言明」「宣言」といったような意味で、私も仕事の一部で使用していた言葉だったが、日本語ではしっくりこないようで、そのまま「アサーション」とカタカナで使用していた。この分野でも日本語にすると「強すぎて」、そのままカタカナで使用している。ただし、その手の解説書では、「さわやかな自己表現」といったような言葉で表されることもあるようだ。

「アサーション」(アサーティブな行動)とは、簡単に言えば、「自分の思いや考えを伝え、そう行動するが、相手のことも尊重する」ことである。「私もOK、あなたもOK」となるような言動をすることである。

これだけ聞くと、相手に「盲従」することに感じられるし、私もそう思っている節があるが、そうではない(ようだ)。自分が理不尽に思ったことやできないこと・したくないことについて反論することは何も問題はない。しかし、心が弱っている(自己評価が低い)状態では、それを我慢したり、全て自分が悪いと考えがちになったり、逆に「逆ギレ」したりする。何か問題が起きた時に、相手と対等に話し合い、双方が気持ちよく解決できるように、自己表現できるようになることが、このトレーニングの目的である。

とは言え、まだ概要説明の段階で、それも数回残っている。今後トレーニングの実践に移った時、その感想を書きたいと思う。

2.認知トレーニング

一般に「認知行動療法」と言われるもので、このリワークプログラムも、その基本にのっとって行われている。ただし、ここは病院ではないので、「トレーニング」と言い換えているだけだ。このトレーニングは、特に心が弱っている場合に、その思考が負のスパイラルに陥りやすい癖を修正していくことが目的である。そういう訓練を積むことで、「前を向いて」、「一歩前に踏み出す」ことができるようになるとのこと。

こうしたことは、私がいちばん苦手とすることであり、正直なところ、いちばん「疑念」を抱いていることだ。実際、オリエンテーション中にさまざまな「反論」(?)をトレーナーにぶつけて講義を停滞させ、他の参加者に迷惑をかけてしまった。

これもまだ概要説明の段階で、具体的な実践トレーニングには至っていない。「アサーション」とも密接に関係することでもあるので、それを意識してトレーニングを受けて行こうと思う。

3.レクリエーション活動

このセンターでは、水曜日のみ午後が休講となるが、午前中に行うのがこの活動である。軽い運動を行うことが基本だが、実際には何をしていても構わない。これまででいちばん多かったのは、センター周辺のウォーキング。先週は雨模様だったので、室内運動をする方、読書する方、カードゲームに興じる方などさまざまだった。

4.プレゼンテーション

木曜日は通常の場合、午前中は自主作業に充てられるが、今週はプレゼンテーションだった。これはリワーク参加者が自分の関心のある話題について、15分ほどプレゼンテーションし、質疑応答、そして終了後は「出張報告」という形でそのプレゼンテーションの感想などを提出する。話題は趣味・好きなこと・仕事に関することなどなんでもよいようだ。毎月末に希望者を募集し、翌月に発表会となるとのこと。発表者にとっては資料のまとめ方と分かりやすい説明及び質疑応答の訓練、聴取者にとっては自分の知らないことを知る機会であることはもちろんのこと、気持ちよく発表者に感想や聞きたいことを伝える訓練になる。

5.グループミーティング

提示された話題についてグループになって話し合い、その話し合いの結果をグループの代表者が発表するというものだ。今回は「月世界で取り残されたとき、何を優先的に持ち出すか」という話題。人の価値観の違い、突飛とも思える発想の自由さが楽しかった。

6.SST

SSTとはSocial Skills Trainingの略。「社会生活技能訓練」と呼ばれている。先の「認知行動療法」の一部で、実際の社会生活を送る上で必要となる「コミュニケーションスキル」を高め、自分が生活を送る上で「障壁」となるもの・ことにどう対処すればよいかを身に着けていく訓練だそうである。具体的には、人への物事の頼み方、自分への頼みごとの断り方など、非常にストレスに感じやすいことに対して、自分と相手が気持ちの良い対応ができるようになることを目的とする。先週は座学だけだったが、実際の訓練にはロールプレイングを行ったりするようだ。

7.自主作業

水曜日を除く午前中は、全て「自主作業」に充てられる。基本的には何を行っても良い。読書をしたり、作業訓練を行ったり、報告書(中間・最終、これはプログラムで必須)のまとめをしたり、資格取得のための勉強をしたりなど。ただし、何らかの記録や成果は提出する必要がある。例えば読書であれば、感想文をまとめるなどだ。

また、毎週金曜日には次週の予定、毎朝には今日の予定を立て、それにのっとって作業を行わなければならない。自分の苦手とすることを克服したり、あるいは自分の長所だと思うことを伸ばしたりするためには何をするのが良いのか自分で考えなければならない。

実はこの作業の「選定」、つまりは何をするのかが自分にとっての最大の課題だ。パソコンの作業訓練(簡単な文章を正確に入力する)を行ってみたが、確かに衰えてしまった集中力を高めることには有用だと思う。ただ、元々「機能回復」を目的としているものなので、自分の「自律(自立)」とは少し違う感じがする。そのため、私の数少ない「長所」である「文章構成力」を伸ばすためにも、自宅からパソコンを持ち出して、ブログの更新や何かの創作を行うこととした。これを書いているのも、この自主作業の時間である。

8.一週間のまとめ(これはカリキュラムではなく自分のメモのため)

私は職場のカウンセリングを受けるようになってから数えても20年は経っている。通院(服薬)も通算10年は経過している。だから、特に熱心に勉強したわけではないが、「知識」として、いろいろな「療法」などの名前くらいは知っている。しかし、専門書はもちろんのこと、巷にあふれる「ハウツー」(こうすればうつは治る)ものの書籍は、無意識的にも意識的にも忌避してきた(ビジネス書も同様)。申し訳ないが、そういうものは「成功者からの視点」から書かれたものであって、「現在進行形の人の視点」ではないこと、また、うつの原因はさまざまであって、その「治し方」は一様ではないはず、という全く「天邪鬼」な理由からだ。

それは結局、実際のアサーショントレーニングや認知トレーニングにおける私の受講態度に表れてしまった。トレーナーの方の説明を素直に受け入れられない、屁理屈をこねる、といった形で、他の受講者の方にご迷惑をかけてしまった。

また、これは自分のアサーションや認知の問題ではあると思うが、関心のある物事に触れると、一気に相手との距離を詰めてしまう癖があるようで、今回のプレゼンテーションにおいても、発表者の方に「食いつきすぎて」疲れさせてしまった。

こうしたことは、私の永遠の課題だと思う。今すぐに考え方を受け入れられるとは限らないが、少し柔軟になって、もっと言えばわざと「騙されたふり」くらいでも構わないから、取り組む姿勢を見せるように仕向けて行く努力をすべきだと思っている。

ざっと先週一週間を振り返ってみた。自分がこれを書くのは、もちろん自分自身の反省と振り返りのためではあるが、今、うつなどで苦しんでいる方に「こういうこともある」ということを提示する目的もある。そのためにも、毎週更新できるようにしたいと思う。

« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

無料ブログはココログ

最近のトラックバック