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2016年7月

2016年7月31日 (日)

リワーク(復職支援)プログラム第9週・第10週目

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とにかくきつい2週間だった。連日の暑さと7/12に新しく処方された薬の副作用もあってか、夜は寝付けず、朝は目覚めが早すぎて、睡眠時間が実質4時間半程度の日が続いたこともあった。26日は休んでしまった。夜中に突然嘔吐したこともあった。また、気になる夢を見ている時に途中覚醒した時はiPhoneにメモすることにしているが、書いた覚えのないメモが残っていて、怖かったこともあった。

第9週目の木曜日だったか(記憶があいまい)、センターのカウンセラーから、職場に状況を報告することにしたので、報告書をまとめるように指示された。「中間報告」ではなく、あくまでも「状況報告」である。いつまで経っても中間報告がなく、やきもきしている(であろう、というかもう諦めていると思う)上司と職場に今の状況を伝えるためだ。

そのため、第10週の自主作業及びカリキュラム時間は、ほぼ報告書作成に充てた。正直、就職してから今までのこと(病歴・通院歴)や、自分の思考癖などを毎日振り返るのはしんどかった。本当に疲れた。時間中に集中できなくて17時まで「残業」したりしていたが、数行しか進まないことも多かった。

ただ、こうやってコラムを書いていたこと、読んだ本に付箋を貼っていたことが、かなり奏功した。もちろん、コラムを書いた時点と現時点とでは考え方が変わっているところもある。しかし、その根幹は変わっていないので、ここに書いたことを、いかにも「報告書」らしい表現にすることでなんとかなった。これについては、通い始めた時にコラムを書く、と決めた自分を褒めてやりたい。

ということで、報告書の内容については、ここには書かない。ただ、報告書の「結論」として自分が本当に言いたかったことは、「他の人において行かれて(ついていけなくて)、自分は焦っている。そのことで孤独感を強く感じている」ということだった。

この場合の「おいて行かれる(ついていけない)」とは、リワークでも同じだが、仕事・職場でも同じだ。

このことは今まででも、職場の方のカウンセラーや主治医などに何度も話したことはあった。しかし、上司など職場関係者には、ほとんど言ったことがなかったように思う。この報告は明日(8/1)である。

報告書を書いた以外では、28日(木)に、毎月恒例の「ストレス対処講習」だった。大学の先生が講義してくれるのだが、今回は「コンプレックス」の話。私の場合は、「人と違う」とか「孤独感」とかに大きなコンプレックスを抱いているのだろう。

報告書を書き上げたことで、本当に久しぶりに落ち着いた休日を過ごしている。穏やかな気持ちで目が覚め、穏やかな気持ちで昼間を過ごしており、昨晩は穏やかな気持ちで床に就いた。

昨日は洗面所と浴室の蛍光灯と、プリンタ用インクと用紙を買いに、隣駅の家電量販店に行ったが、それらを買った後に店を出ようとして、「そう言えば」と思い出したものがあり、もう一度店に戻った。

どこにあるのかすぐに分からなかったが、歩き回ってようやく見つけた。それはiPhoneのLightningケーブルを接続してSDカードにバックアップできる機器だ。以前インターネットで記事を見つけて、欲しいと思ったのだ。私のiPhone 5sの容量は16GB。もとより音楽やゲームをダウンロードするつもりがなかったので(あとお金がなかったので)、いちばん小容量のものを買ったのだが、それでもアプリが増えたし、iOSのアップデートが思った以上に頻繁だし(買った2年前に7.1.2だったものが先日9.3.3になった)、なにより写真が増えてしまったので、容量の心配が出てきたからだ。そのためバックアップを取りたかったが、専用ソフトであるiTunesについては、いろいろとWindows(10にしました)との相性が悪いということを聞いていたし、余計なものまでダウンロードさせられそうなので使ったことがない。

だからこれまで写真はメールで添付して自分宛てに送るという面倒なことをしていたので、これがあると本当に楽になる。決して安くはないが、プリンタ用インクのコスパの悪さと比較すればこんなものだろう。久しぶりにいい買い物をしたと思った。

写真はその帰り、アパートの近くまで来た時に撮ったもの。アパートの道路を挟んですぐ裏は市役所だが、今建て替え工事が佳境を迎えようとしている。この青空はきれいだった。明日の報告は、晴れ晴れとした気持ちで臨みたい。

2016年7月25日 (月)

どちらも決めろ!

都市対抗野球準決勝で、日立市(日立製作所)が決勝進出を決めた。決勝の相手は豊田市(トヨタ自動車)だそう。

会社が変わってしまったのと、私がこんな状況なので、日立製作所野球部の現状はよく分からない。ただ、風の噂では、今年は初めから狙える戦力と自信をつけたと聞いている。創部100年をぜひ黒獅子旗で飾ってほしい。

そして、夏の甲子園茨城県予選では、明秀日立が明日、代表をかけて茨城の巨人常総学院と戦う。

今日はいろいろあってかなり疲れた。その中でこういう嬉しいニュースが入ってきたので、少し気が晴れた。スポーツは観るだけでも元気をもらえる。

ぜひ2チームとも優勝を決めて、停滞する街を活気づけてほしい。あと一つ、頑張れ!

2016年7月16日 (土)

リワーク(復職支援)プログラム第8週目

今週は、先週末の参○○挙での与○の勝利、木曜日のゲリラ豪雨、金曜日(日本時間)のフランスで再び起きた大規模テロ、そして今朝(日本時間)突発し事態進行中のトルコのクーデターなどと、胸糞が悪かったり、不安が強まったり、気分が悪くなったりするような出来事や事件が多発したが、思いのほか冷静で、気分としては非常に穏やかに過ごすことができた。

もちろん、震災以降、テレビの視聴や新聞の閲覧などができなくなってしまっているため、あまり直接的にそれらのニュースに意図的に触れないようにしているからではあるが、わりと「選択的に」それができるようになっている気がする。

それはたぶん、先週末に再面談することが決まって、取りあえず今の「自分」を受け入れようとする準備ができ、またその結果を自分が素直に受け入れることができたからだと思う。

その火曜日の主治医・センターのカウンセラー・私の再面談のことだが、全部で30分くらいの面談のうち、前半は私抜きでカウンセラーだけが面談し、後半は私が診察室に入って、カウンセラー同席のもとで面談を受けた。

前半の内容は全く伝えられておらず、カウンセラーがどのような話を主治医にしたのかは分からない。ただ、診察室の机の上に残された資料は、私が今までセンターで行ってきたことの日々の記録が書かれていたので、それをもとに話をされたのであろう。

私からは、この1か月くらい調子が戻らないこと、やはりセンターの認知療法などがしっくりこないこと、そして「自我がダブる」ことや「自我の境界線があいまい」というような話をした。

結果として、薬が追加された。朝1錠で用量自体も非常に小さいものではある。ただし、主効用は「○○○○症」であり、「うつ」にも効くことが最近分かってきたので、それにも用いられることがあるとのこと。これによって、私の「病気」はなんとなく推察できる。分かりやすい陽性症状はないが、たぶん「境界線上にはある」ということだろう。

このことで、完全ではないのかもしれないけれど、またぶり返すかもしれないけれど、ある意味吹っ切れた。

「豆腐メンタル」という言葉が一部ではやっているが、私もそのたぐいだろうとは思っていた。また、自分の境界線があいまいであるとずっと思っていた。しかし今は、ただの「豆腐」ではなくて、「凍み豆腐(高野豆腐)」みたいなものように思える。

凍み豆腐は煮物に入れると出汁を吸って膨らむ。私はそういう「出汁」のような「外界の刺激」を取り込み過ぎて、自己自体が膨らみ過ぎるのだ。だからそういう意味で境界線というか「輪郭線」はあいまいだ。しかし出汁(刺激)がなければ、ギュッと締まった固体。そしてこれが「本当の自己」なのだろう。

そういうふうに認識するようになって、確かに「本当の自己」を変革する必要はあるのかもしれないし、もっと厄介なこともあるのかもしれないけれど、そういった「難問題」については、今は憂鬱になるだけなので、取りあえず「箱に入れて放置・棚上げ」することにした。引っ越しの荷物と同じ。取りあえず前の住居から必要だと思って箱に入れて、新居に運んできたのはいいけれど、一度も開梱しないでいるような状態である。ずっと開梱しないでいるようなら、それはいらないものなので、後で捨ててしまえばいい。本当の「断捨離」とは、こういうことなのではないだろうか。今の行き過ぎた「ミニマリズム」を見聞きするに、「モノ」自体を捨てることが問題解決の本質だとは到底思えない、と漠然と感じていたことが、自分のことに置き換えることでよく分かった気がする。

そして「凍み豆腐」である自分自身は、もっと寒風に吹きさらされて、もっと固くなればいい。たしかに出汁が入ることで膨張し不安定になるかもしれない。しかし、中途半端に凍みているのでなければ、ひょっとしたら良い出汁を吸収して、それを自己を高めることに活用できるようになるかもしれない。

その場合の「寒風」は私の場合は何になるのかは、まだ分からない。今はそれを追究(追求)することはやめておこう。少なくとも今は、きちんとセンターに通うことだ。

昨日、カウンセラーとの面談でこのようなことを話した。カリキュラムの定時は超えていたが、一時間以上、私のとりとめもない話に付き合ってくださった。この場をお借りして御礼申し上げます。

そして問題の作業課題だが、半日の自主作業は今まで通りこのような「作文(書き物)」をして、残りの半日のアサーショントレーニング・認知トレーニング・SSTの時間については「事務作業課題トレーニング」を行うこととした。集計などの作業を、初めは少しずつはじめ、だんだんと並行作業とし、期限通りに進められるようになることを目標とするものであるらしい。ただし、グループミーティングについては、他の通所者の皆さんとのコミュニケーションを保つためにも、原則として参加することとした。

本当に久しぶりに気分が「フラット」である。取りあえず3連休であるので、火曜日からの訓練に向けて鋭気を養うべく好きな時間を過ごそうと思う。

※一部検索避けのため伏字にしています。この記事とは直接関係ないことや、認識の違いなどで論争になりたくないし、してもこちらがつぶれるだけなので。

2016年7月 7日 (木)

リワーク(復職支援)プログラム第7週目

どんなブログシステムでもそうだとは思うが、この「ココログ」には「管理者機能」として、アクセスログを表示・分析できる機能がある。私のページにアクセスしてきた端末のIPアドレスはもちろんのこと、そのIPアドレスはどこのプロバイダや組織のものなのかや、端末の種類(単にPC・スマホ・タブレット・ガラケーなどの大きなくくりだけでなく機種名まで)やOS・ブラウザの種類なども分かるようになっている。

4日にあのようなとっ散らかったコラムをアップした翌日の5日、帰宅してシャワーを浴び洗濯機を回している時に、上司から電話があった。通所する前は1週間に一度くらいは電話があったが、通所を始めてからは、何か周知しなければならないようなことについてメールがある程度で電話がなかったので、びっくりした。

現在の私の調子を聞くのが目的だったようだ。だから私は、4日のコラムに書いたような話をし、予定の3か月は確実にオーバーするだろう、ということは伝えた。上司は職場のいろいろなことも伝えたかったようだが、不安が大きくなるから、ということでそれはなかった。

今の会社の設立母体となった親会社同士が大喧嘩を始めたことは知っている。ただ問題は、私の所属する職場についてであり、システム統合が終わったので、正直、もう仕事がない。また、昔から成績の悪い工場なので、親会社からは常に目をつけられ、プレッシャーをかけ続けられている。通例として下期には大規模な職制改正や人事異動があるので、工場自体の規模の縮小を迫られている危険性はあるし、身近なところで言えば、私の知らない(私のことを知らない)誰かが上司となる(他工場(元親会社)から異動になる)可能性や、転勤を伴う大規模な異動がある可能性が高い。

そういう事実かどうかも分からないことを想像してしまって、電話が終わった後不安が増大してしまい、仕方がないので頓服の抗不安剤を服用し、それで一息ついた。だからといって、そこで聞かされていたとしても、同じように不安が増大するだけだろうから、結果としては同じなのだろうけれども。

これが私の「病気」のいちばん厄介なところなのだ。周囲の状況の、特に悪い方向への変化とその気配に敏感で、それを吸収しすぎてしまって、「自分」を保てなくなる。私は私自身を、外界と自我との「境界線」があいまいで、しかも外界からの刺激だけを内側の自我に取り込んでしまう、いわば「半透膜」のようなものだと認識している。

このようなことと冒頭のアクセスログの話とはどういう関係があるのか、というと次の通りだ。上司からの電話が、4日にあのようなコラムを上げた後のタイミングだっただけに、少し不思議だった。だが、ログを見て判明した。職場でお世話になっている(今のアパートへの引っ越しや6年前の休職でもかなりご迷惑をおかけした)先輩のものであろう端末からのアクセスが5日の早朝にあったのだ。それまではアクセスを控えていらっしゃった(ようだ)。しかし先輩は、私の様子を知りたくなって久しぶりにアクセスし、本当にたまたま4日のコラムを読んでしまって心配し、上司に報告して下さったのだろう。Iさん、ご心配とご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。そしてありがとうございます。

その後は薬の効き目もあって落ち着いてきたし、東京のS君からもTwitterのダイレクトメールで同じように心配のメッセージを送ってくれたので、今の状況を冷静に伝えることができた。

そのような中で、主治医・センターのカウンセラー・私の再度の面談の日程が決まった。来週火曜日の午後である。

カウンセラーはどのような話を主治医にしようとされているのか、あるいは持ち掛けようとされているのかは分からない。ただ、私の今までのとっ散らかった、書きなぐりのメモなどを、お忙しい中、整理して下さっているようで、先日の「機能回復訓練」の提案の意図と併せ、おそらく何らかの「確定診断」(それも一生(余生の間?)付き合わなければならないようなこと)を求められているのではないかと推測している。

それに、その主治医との面談後は、上司と再び相談したいとのこと。面談の結果や内容によっては、私の雇用形態や職種を変えざるを得なくなってしまうかもしれない。悔しい限りではあるが、環境に適応できない状況がここまで深刻になってしまった以上、仕方のないことだと思い始め、「思い込もうとしている自分がいる。」

2016年7月 4日 (月)

本当の「自分」が分からない

第3週に、とあるネット記事によって頭を殴られたような衝撃を受ける経験をした。そのことは先日書いた通りだが、センターのカウンセラーから紹介された、被告が差し入れられたと思われる本は、注文してから10日ほどで届いた。

しばらくはプレゼンの準備のために、冒頭の3分の1ほどしか読めていなかったが、先週の金曜日の午前中の自主作業の時間と、15時以降16時半の間に一気に読んだ。金曜日の帰路変更のきっかけである「上の空」は、そのせいでもある。

その本とは、精神科医の高橋和巳さんという方が書かれた「消えたい-虐待された人の生き方から知る心の幸せ-」(2014年、筑摩書房)である。

私自身は両親に虐待を受けたという感覚はない。まあ確かに、私の子ども時代には「虐待」ということが表立って問題となったことがなく、それは特に「しつけ」の考え方が全く異なるためで、現在の尺度を当てはめると「虐待」に当たることもあったのかもしれない。強いて言えば父親に、今考えれば「アスペルガー症候群」ではないかという心当たりがある程度のことだ。しかし、この本に紹介されている被虐経験のある人たち、著者の言うところの「異邦人」たちの性質や考え方は、私にかなり当てはまるところが多く、愕然とするばかりだった。

著者はその「異邦人」たちの具体的な事例を紹介している。特に以下のような特徴や「症状」については、私にかなり当てはまる。

1.「過去」がない

 過去のことを全く覚えていないか、覚えていても断片的であるとか時系列が前後したりするのだという。私も50年近く生きてきて、中学3年間とここ2~3年、よくて10年以外は、良いことも悪いことも全くと言っていいほど覚えていない。特に幼年期、小学校時代、高校時代にはほとんど思い出がない。

2.「自我」が発達していない

 まあ、そのままの意味。著者は人の内面世界を「宇宙」に例えている。今、本が手元にないので正確には書けないが、自己と社会の境界があいまいなまま成長しているということである。最近、国内のみならず、世界各地で凄惨な事件・事故が起きたり、不景気だったりということが、もちろん完全に無関係ではないが、直接的に直ちに影響をうけるものではないにもかかわらず、全部自分に関係することのように思えて、ニュースを見聞きするだけで落ち込んでしまうのは、そのせいだと思う。

3.「離人症」

 「自分」の外にも「自分」がいるような感覚を常に覚えていること。「解離性障害」と言われるものもあるため、それとの違いも含め「病気」として認めるかどうかについては、まだ学説が定まっていないとのこと。

例えばこうやってパソコンに向かっている「自分」を、外から観察している「自分」がいる。若い頃はかなりそういう感覚があった。その感覚は数年前にはようやく消えたと思っていたのだが、最近またその傾向が強くなってきている。だから人としゃべっていても本当に「自分」がそう思ってしゃべっているのか分からなくなる時があるし、今こうやって書いていること自体も、本当に「自分」がそう思って書いているのかが分からなくなって混乱する。

4.「認知行動療法」の効き目がない

 私はこのトレーニングを受け始めてすぐに「違和感」を覚えたが、著者ははっきりと言い切ってしまっている。その理由を著者は、認知行動療法は確立した自我があることを前提として成り立っている理論だからと述べた上で、いろいろと説明している。その細かい説明は忘れたが、私なりの理解としては、3.の「離人症」で述べた通り、「自分」が「自分」を外から見ているからだ。だから、いくらでも「認知の歪み」と言われるものは客観視できる。しかし、それが本当に「自分の本心」であるかどうか判断がつかない。また、歪みに気がついたとしても、あらかじめ「こう考えた方がよい」という「答え」が冷めた目で分かってしまっているため、それによって気持ちが楽になることはない。問題は、その答え通りに行動するのが苦しい(苦しかった)ので悩んでいるのだし、たとえ行動できたとしても、相手にばかり「利」があって、自分にとっては「損」でしかないという考えになってしまう。

取りあえず、気になるところや共感できるところにメモを書いた付箋をし、本ごとカウンセラーに預けた。

そして、今、自分自身を「黒い冷たい人間だ」と思うような事態に陥っている。それによって自己嫌悪感が強くなっている。

リワークプログラムは12週間の予定として職場には説明し許可をもらっている。今週で7週目ということは、本来ならば「折り返し地点」で「中間報告」の時期である。私以外の「同期」の3人は、その報告の準備をするよう先週のうちに指示を受けて、毎朝の作業予定確認でその旨を報告している。しかし、私には指示がない。

当たり前だ。その方たちは「順調に」プログラムをこなしている。確実に「元気」になっている。それに比べて、私は前述のようにプログラムに違和感を覚えたことをきっかけに、どんどん元気がなくなり、それによってまたプログラムがうまくこなせない、という悪循環に陥っている。これによって焦燥感が強い。

それ以外にも、私たちの「先輩」に当たる人たちが相次いで「卒業」している。間近の人たちも多い。そうすれば、私の先を行く人たちと先輩たちとの会話は自然に「中間報告」の話になる。逆の立場なら私でもそうなるはずなのは分かっているのに、今の自分の立場では話題についていけないために強烈な孤独感を感じる。

この「焦燥感」と「孤独感」は、職場で感じていたものと全く同じものだ。確かにここは同じような悩みを抱えた人たちの集まりではある。しかし、当然のことながら、順調に回復に向かう人たちとそうでない人たちとの差は出てしまう。そして少人数であるために、その「社会の縮図」は自然と濃縮されてしまう。

私と他の人たちとの差は、もう「致命的」だと言える。私は「自主作業」の時間をこうやって「ものを書く」ことに充てている。しかし、カウンセラーからは「機能回復訓練」のようなことをするように勧められた。確かに今は集中力を欠いているし、それが大切なことであることは(頭では)分かる。ただそれが職場に復帰してからの役に立つのか、それこそどう「成果」として報告できるのか疑問でしかない。それに、あの上司がそんなことを求めていないのは明らかだ。だからと言って、復帰のために何をすればよいのか、全く分からない。ほかの人たちのように「読書」で回復できるとは到底思えないからだ。

それに、再び主治医とカウンセラーと私の三者で相談することになった。つまり「振出し」に戻ってしまった。

そのため、順調な人たちのことを一緒になって喜んだり、お祝いしたりすることができなくなってしまった。帰りの方向が一緒の人もいて、電車の中でよく会話しながら帰っていたが、最近はわざと時間をずらして帰っている。もうこうなると、自己嫌悪に陥るだけだ。

こうやって書いていることも、「自分」からどんどん離れていく。「自分」が本当に考えていることなのか分からなくなっていく。

本にもあったが、私はもう「普通の幸せ」を一生感じることのないまま、死を迎えることになるのだろうか。50年近く生きてきたことが全てムダに思えて、やりきれなくなる。

リワーク(復職支援)プログラム第4週・第5週・第6週

毎週の更新のはずが滞ってしまった。しかも第6週は今週なので、これを書いている時点ではまだ終わっていない。ただ、特筆すべきことがあまりなく、しかも全体的に第3週から不調がずっと続いているため、カリキュラムについては軽くメモ程度とする。その代わり、29日の午前中に職場でのカウンセリングがあり、そこで話した内容で、自分でも「自分の問題の根源」らしきことを感じ始めていることを書き留めておくこととする。

1.リワークプログラム

先にも書いた通り全体的に不調だった。第4週の金曜日(17日)と第5週の水曜日(22日)は目覚めた後起き上がれずに休んでしまった。特に17日は、前々日水曜日の終業後に残っていた際(この日は午前中に職場のカウンセリングがあったため午後から通所)、様子を見に来て下さったアシスタントの方と、自分の「つまずき」(アサーショントレーニングや認知トレーニングへの不信感)についていろいろとお話をして、ある意味「盛り上がり過ぎて」定時を超えてしまったくらいに気分がよかったので、その落ち込みはひどかった。

アシスタントの方とのお話の中で分かったのは、リワーク担当グループ内でも私の「取扱い方」(指導方法)が課題になっているということだった。ただ幸いにも私には、「散文的」ではあるが、ある程度の「文章能力」があるので、このような形で自分の思っていることや考えていることをまとめていくことを優先していきましょう、という話になった。

それから深刻なのは、グループミーティングとSST

・・・ここまで書いたのは6月29日。だから冒頭の「今週」とは、現時点で「先週」である。それから続きを書けなかったのは、不調がさらにひどくなったからだ。

もうあまり思い出したくない。ただ、何があったのかだけは書き留めておくことにする。

第4週と第5週は不調ながらも、おおよそ第6週目の28日(火)にあったプレゼンテーションの準備のために費やした。私の仕事の7割方は「啓発活動」であり、毎月1回はPowerPointを使用した資料作りがある。だから仕事に直結するし、しかもテーマが自由だということで、始める前は割と楽しみにしていたし、作業自体も結構楽しんですることができた。テーマは自分の好きな「鉄道」から、身近な路線である「常磐線」のこととした。

まあ、「調べる」とは言っても、専門的な本や雑誌が身近にあるわけでもないし、取り寄せる時間もない。だから、ほとんどがネット(主にウィキ○ディア)の情報である。ただ、写りは悪いが、資料に載せる写真だけは自分で撮影したものと決めた(自分が赴けなかったところは除く)。

しかしながら結果は散々だった。いろいろなことを詰め込み過ぎたのだ。発表時間は10分なので、見当として1枚1分でスライド10枚前後だろう。初稿で14枚くらいになりそうだったのをなんとか12枚にしたが、1枚のスライドの情報量が多すぎた。発表時間をかなりオーバーし、頂いた講評も「字が細かすぎる」ということだけで、内容に触れて頂けなかった。「ルール」を守れなかったので当たり前だが、達成感を全く感じられず、みじめさだけが残った。

多分その影響もあったのか、翌々日の30日は通所できたものの、ずっとベッドをお借りして横になっていただけだった。前日は午前中が職場のカウンセリングだったため午後から通所して、卒業される方といろいろなお話をして盛り上がっただけに、ショックも大きかった。

それでも7月1日(金)は何とか通所した。ただ何をしても上の空で、SSTは離れた場所から見学とした。それでも「見学」できただけでもよく、グループミーティングにしてもSSTにしても、まともに参加できていない状況が続いている。その日が終わった後は、遅くまで残って本を読んでいたが、「上の空」の状況は変わらず、気分を変えたくて、帰路の電車を途中下車し、そこから県庁所在地の駅までバスに乗って移動した。景色の移り変わりは新鮮ではあったが、特に何の感慨もなかった。ただ、いつもより帰宅が大幅に遅くなっただけだった。

そして、一昨日・昨日は、いつもの買い出しにも出かけず、ただ布団の中にいただけだった。外に出たのは、何か食べるものを買いに、近所のコンビニに行っただけだ。本当なら今日は休んでしまいたかった(しかも連絡もせずに、という悪い考えがあった)が、思いのほかぐっすり眠れてしまったために起床が早く、いつもより2本早い電車で通所した。しかし、その後急激に気分が悪くなって、今これを書いている状態だ。

この2週間ほど、生活が完全に荒れている。起床が辛い。夕食を作る気になれない。しかも食事はするが、食欲はなく、おいしくもない。また、夏なので汗をかき、そのままでは不潔であることは分かっているのでシャワーは浴びるが、湯船につかっていない。どこかで立て直さなければならないと思っているが、だんだんどうでもよくなってきている。

先週書いた冒頭の「「自分の問題の根源」らしきことを感じ始めていることを書き留めておくこととする。」については、もうカウンセリングの時に何を話したかを忘れてしまったし、例の本を読んで感じたことを別コラムで書くこととする。

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