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2016年7月 4日 (月)

本当の「自分」が分からない

第3週に、とあるネット記事によって頭を殴られたような衝撃を受ける経験をした。そのことは先日書いた通りだが、センターのカウンセラーから紹介された、被告が差し入れられたと思われる本は、注文してから10日ほどで届いた。

しばらくはプレゼンの準備のために、冒頭の3分の1ほどしか読めていなかったが、先週の金曜日の午前中の自主作業の時間と、15時以降16時半の間に一気に読んだ。金曜日の帰路変更のきっかけである「上の空」は、そのせいでもある。

その本とは、精神科医の高橋和巳さんという方が書かれた「消えたい-虐待された人の生き方から知る心の幸せ-」(2014年、筑摩書房)である。

私自身は両親に虐待を受けたという感覚はない。まあ確かに、私の子ども時代には「虐待」ということが表立って問題となったことがなく、それは特に「しつけ」の考え方が全く異なるためで、現在の尺度を当てはめると「虐待」に当たることもあったのかもしれない。強いて言えば父親に、今考えれば「アスペルガー症候群」ではないかという心当たりがある程度のことだ。しかし、この本に紹介されている被虐経験のある人たち、著者の言うところの「異邦人」たちの性質や考え方は、私にかなり当てはまるところが多く、愕然とするばかりだった。

著者はその「異邦人」たちの具体的な事例を紹介している。特に以下のような特徴や「症状」については、私にかなり当てはまる。

1.「過去」がない

 過去のことを全く覚えていないか、覚えていても断片的であるとか時系列が前後したりするのだという。私も50年近く生きてきて、中学3年間とここ2~3年、よくて10年以外は、良いことも悪いことも全くと言っていいほど覚えていない。特に幼年期、小学校時代、高校時代にはほとんど思い出がない。

2.「自我」が発達していない

 まあ、そのままの意味。著者は人の内面世界を「宇宙」に例えている。今、本が手元にないので正確には書けないが、自己と社会の境界があいまいなまま成長しているということである。最近、国内のみならず、世界各地で凄惨な事件・事故が起きたり、不景気だったりということが、もちろん完全に無関係ではないが、直接的に直ちに影響をうけるものではないにもかかわらず、全部自分に関係することのように思えて、ニュースを見聞きするだけで落ち込んでしまうのは、そのせいだと思う。

3.「離人症」

 「自分」の外にも「自分」がいるような感覚を常に覚えていること。「解離性障害」と言われるものもあるため、それとの違いも含め「病気」として認めるかどうかについては、まだ学説が定まっていないとのこと。

例えばこうやってパソコンに向かっている「自分」を、外から観察している「自分」がいる。若い頃はかなりそういう感覚があった。その感覚は数年前にはようやく消えたと思っていたのだが、最近またその傾向が強くなってきている。だから人としゃべっていても本当に「自分」がそう思ってしゃべっているのか分からなくなる時があるし、今こうやって書いていること自体も、本当に「自分」がそう思って書いているのかが分からなくなって混乱する。

4.「認知行動療法」の効き目がない

 私はこのトレーニングを受け始めてすぐに「違和感」を覚えたが、著者ははっきりと言い切ってしまっている。その理由を著者は、認知行動療法は確立した自我があることを前提として成り立っている理論だからと述べた上で、いろいろと説明している。その細かい説明は忘れたが、私なりの理解としては、3.の「離人症」で述べた通り、「自分」が「自分」を外から見ているからだ。だから、いくらでも「認知の歪み」と言われるものは客観視できる。しかし、それが本当に「自分の本心」であるかどうか判断がつかない。また、歪みに気がついたとしても、あらかじめ「こう考えた方がよい」という「答え」が冷めた目で分かってしまっているため、それによって気持ちが楽になることはない。問題は、その答え通りに行動するのが苦しい(苦しかった)ので悩んでいるのだし、たとえ行動できたとしても、相手にばかり「利」があって、自分にとっては「損」でしかないという考えになってしまう。

取りあえず、気になるところや共感できるところにメモを書いた付箋をし、本ごとカウンセラーに預けた。

そして、今、自分自身を「黒い冷たい人間だ」と思うような事態に陥っている。それによって自己嫌悪感が強くなっている。

リワークプログラムは12週間の予定として職場には説明し許可をもらっている。今週で7週目ということは、本来ならば「折り返し地点」で「中間報告」の時期である。私以外の「同期」の3人は、その報告の準備をするよう先週のうちに指示を受けて、毎朝の作業予定確認でその旨を報告している。しかし、私には指示がない。

当たり前だ。その方たちは「順調に」プログラムをこなしている。確実に「元気」になっている。それに比べて、私は前述のようにプログラムに違和感を覚えたことをきっかけに、どんどん元気がなくなり、それによってまたプログラムがうまくこなせない、という悪循環に陥っている。これによって焦燥感が強い。

それ以外にも、私たちの「先輩」に当たる人たちが相次いで「卒業」している。間近の人たちも多い。そうすれば、私の先を行く人たちと先輩たちとの会話は自然に「中間報告」の話になる。逆の立場なら私でもそうなるはずなのは分かっているのに、今の自分の立場では話題についていけないために強烈な孤独感を感じる。

この「焦燥感」と「孤独感」は、職場で感じていたものと全く同じものだ。確かにここは同じような悩みを抱えた人たちの集まりではある。しかし、当然のことながら、順調に回復に向かう人たちとそうでない人たちとの差は出てしまう。そして少人数であるために、その「社会の縮図」は自然と濃縮されてしまう。

私と他の人たちとの差は、もう「致命的」だと言える。私は「自主作業」の時間をこうやって「ものを書く」ことに充てている。しかし、カウンセラーからは「機能回復訓練」のようなことをするように勧められた。確かに今は集中力を欠いているし、それが大切なことであることは(頭では)分かる。ただそれが職場に復帰してからの役に立つのか、それこそどう「成果」として報告できるのか疑問でしかない。それに、あの上司がそんなことを求めていないのは明らかだ。だからと言って、復帰のために何をすればよいのか、全く分からない。ほかの人たちのように「読書」で回復できるとは到底思えないからだ。

それに、再び主治医とカウンセラーと私の三者で相談することになった。つまり「振出し」に戻ってしまった。

そのため、順調な人たちのことを一緒になって喜んだり、お祝いしたりすることができなくなってしまった。帰りの方向が一緒の人もいて、電車の中でよく会話しながら帰っていたが、最近はわざと時間をずらして帰っている。もうこうなると、自己嫌悪に陥るだけだ。

こうやって書いていることも、「自分」からどんどん離れていく。「自分」が本当に考えていることなのか分からなくなっていく。

本にもあったが、私はもう「普通の幸せ」を一生感じることのないまま、死を迎えることになるのだろうか。50年近く生きてきたことが全てムダに思えて、やりきれなくなる。

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