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2016年8月

2016年8月29日 (月)

リワーク(復職支援)プログラム(8/18~8/28)

8/17まで盆休みだったため、もう何週目かも分からなくなったし、これから書くようにこの約2週間は散々だったため、それを数えるのも馬鹿らしくなった。馬鹿らしい、と言っても全て自分の「心の持ちよう」が原因ではあるが、あまりにもやりきれないので、記録だけは残す。

この約2週間に起きたことをざっと挙げてみる。

・8/18(木)

 前日の常磐線内原-友部間の倒木による架線支障と車両故障による運休とダイヤ乱れで通所できず。(ちなみに8/17にこちらへ戻ってきたが、それは間一髪でセーフだった)

・8/22(月)

 久しぶりに早く起きられたので、いつもより2本早い電車で通所したが、台風接近による大雨・強風警報が出たため休講。雨が降り出す前に帰着できたが、雨が強くなった時に、部屋の出窓から雨漏りがするのを発見。

・8/23(火)

 帰宅する頃になって大雨となり、大甕-勝田間が冠水・路盤陥没して運転終日打ち切り。勝田駅で一晩(運が悪ければ二晩)明かすことになりそうだったが、23時頃に救済バスが出ることになり、何とか日付が変わるころには帰宅。

・8/24(水)

 前日の復旧作業のため昼過ぎくらいまで運休となり通所できず。

・8/25(木)

 元々午前中に予定があったため午後から通所の予定だったが、雨漏り修理に立ち会わなければならなくなったため通所できず。

・8/26(金)

 通所はできたが、あまりに調子が悪く、午後を早退した。

・8/27(土)・8/28(日)

 ずっと調子が悪く、取りあえず土曜日に買い物へ行っただけで、ほとんど寝ていた。見たい映画が2本封切られたのに。

今これを書いている時点(8/29午前)もあまり調子が良くない。運の悪いことが続いたせいもある。特に22日の件は堪えた。初めは駅にたくさんの人があふれていたが、上り線は動き出したことや、家族や知人などに連絡が取れた人たちが次々と帰っていく。こちらに親族も迎えを頼めるような知人もいない私は心細くて仕方がなかった。

また、集団認知トレーニングやSSTには参加すると決めたが、参加しているうちにやはり調子が悪くなる。他の人たちはこのトレーニングを受けることで、自信を取り戻していくのに、私だけどうしても肌に合わない。その代わりに「機能回復訓練」を行っている。しかし、それをやっている意味が分からず、集中できない。再び通所者の中で孤立感を深めている。

他人をあてにしたりすることはバカバカしいことが今回のことで痛感した。そして、自分だけは他人と違う精神構造を持っていて、寛解が難しいことも分かった。しかし、いざとなった時に頼れる人がいないことや、自分が他の人とは違うということは、寂しすぎる。私には「味方」と言える人がいない。

今晩から明日未明にかけて台風が上陸しそうである。明日はまた休講になるかもしれない。出て行って、また帰れなくなるのはもうごめんである。

<帰宅後追記>

明日は休講になった。そして「同期」の残りの方が卒業になった。手締めの音頭を取ったけれど、喜べなかった。それだけ私がひねくれてしまっているからだ。多分その方も勘づいていることだろう。本当に申し訳ないことをした。

2016年8月15日 (月)

「ハピネスチャージプリキュア!」アフターストーリー「自分を照らす鏡の道 – 氷川いおな & 白雪ひめ & 生瀬 -」に寄せて

ショートストーリー(以下SS)本文は、pixivの下記URLへ掲載しています。必ずその説明文も併せてお読み下さい。その説明文に、SSの元となった写真のツイ主・撮影者の方とイラストを描かれた方のTwitterアドレス、写真ツイートとイラストツイートへのURLを記載しています。

http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7127651

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4月のある日、Twitterの私のTL上に、ナマケルダ・キュアプリンセス・キュアフォーチュンのコスプレ合わせの写真と、それを元にしてそれぞれのキャラクターに置き換えたイラストが流れてきました。

私はこの写真とイラストを拝見して、ほほえましいと感じるとともに、すごく心の中に暖かいものを感じました。三人が並んでいる写真・イラストなのですが、その真ん中にプリンセスが満面のいたずらっぽい笑顔で両脇のナマケルダとフォーチュンの脇を抱えています。脇を抱えられた両脇のナマケルダとフォーチュンは、ちょっと困ったような笑顔を浮かべています。

私には、プリンセスはナマケルダとフォーチュンに安心しきっており、そのナマケルダとフォーチュンはプリンセスを暖かく見守っているように見えました。

私はこの写真とイラストにインスピレーションを受け、どうしてもお話を書きたいと思うようになりました。しかし、のゆきさんによる今春レイフレ発行の「ゆうこコレクション」への寄稿が終わったばかりで満足しきっておりましたし、しかも休職中で調子が安定しない中、書けるかどうか不安でした。それに、イラストは私が以前からフォローさせて頂いていた絵師さんが描かれたものでしたが、写真はFF外のレイヤーさんのものだったので、書いてよいものかどうかも迷いました。そこで、絵師さんに許可をもらった際、写真の出処についてもはっきりと明記した方が良いとアドバイスを受け、執筆をすることに決めました。

それが6月の初め頃。ちょうどリワーク(復職支援)プログラムの第2週目の頃です。「自主作業」の時間にこれを執筆するつもりでした。しかし、「自主作業」には「成果物」が求められることが分かるにつれ、この完成には時間がかかることが予想されたため、普段の自主作業の時間はブログ記事の執筆に充ててそれを成果物とすることにし、「定時(15:00)後」には作品を執筆することに方針を変えました。

ところが、ブログ記事の通り、私の調子は悪くなる一方で、平日は全く書けず、帰宅後や休日に数行ずつ書くような状態がずっと続きました。

そのうち、自分の「特殊性」を認められるようになった職場への「状況報告」あたりから、自主作業中や定時後にも書けるようになってきました。しかし、完成には程遠い状況でした。

そんなこんなで8月に入ってしまいました。このお盆休み前の10日は水曜日のため半日だけの「出勤」だったので、初めは朝から帰省するつもりでしたが、その半日が集団SSTに変更になったため出勤することにし、終わったら、最寄り駅から特急に乗って帰省することに決めました。それに加えて、帰省荷物はなるだけ持たず、しかしパソコンだけは持っていき、実家でお話を完成させようと決意しました。

帰省してからも集中できたりできなかったりしましたが、昨晩ようやく完成を見て、pixivに掲載しました。絵師さんには連絡し読んで頂きましたし、そこからレイヤーさんにもつながり、お二方からお礼の言葉を頂きました。

SSと言いながらも、文字数にして400字詰め原稿用紙40数枚、のゆきさんアンソロの時のレイアウト(B5サイズ2段組で本文8ポイント)換算で14ページとなりました。アンソロに参加するのだとしたら少し長いと思います。ただ、今日流れてきたツイートで、「小説類なら80ページ程度はほしい」というご意見もあったので、もし私が同人誌を出すのだったら、複数の話を詰めた短編集という形になるのかなと思います。アンソロ出稿時に約束した自家出版解禁期限が過ぎたら、今までのお話を集めてサークル参加するのも面白いかもしれません。本当は完全新作を1作は入れるべきでしょうが、今の状況では、修正のうえ再録が精いっぱいでしょう。

このお話を書くにあたり、素晴らしい写真を撮られたレイヤーさん、そしてイラストを描かれた絵師さんに、心から御礼申し上げます。

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内容については、「いおひめ」メインで「ナマひめ」風味となっています。そしてテーマは「自制」と「見守り」です。

ひめといおなの関係は、過去の確執を乗り越えて仲間になりましたから、お互いを「思いやり過ぎる」のが長所でもあり、それが短所でもあるハピネスチャージプリキュアチームの中では、ほかの二人との関係とは違った意味を持っています。また、それだけに深いと思います。

だから、ひめが帰国していちばん寂しがるのはいおなだと思います。また、ひめは将来の女王即位に向けて、今までの「わがまま」を捨てなくてはならず、ますます「自制」が求められるようになりますから、いおなのことを「心の師匠」としてずっと慕い続けることでしょう。そしていおなは、ひめが即位しても見守り続けることでしょう。

前提条件は、今まで書いたお話を踏襲しています。もう正体バレしているという条件は、私としてはゆるぎなく、また譲れないものです。そして、「プリキュア」であることは一種の「特権」ですが、それを振りかざさない限り許されているという「優しい世界」感です。それから私は「変身フェチ」ですので、その辺の「恥ずかしい表現」は、今回はそのイメージからいちばん遠いいおなに頑張ってもらいました(笑)。

また全体にわたって気を遣ったのは、正体名と変身名の使い分けです。ほぼ全体にわたって、変身の状態で会話していますが、「ひめ」・「いおな」としてふるまったり、思い考えていたりする時は、「ひめ」・「いおな」と呼ばせています。逆に「プリキュア」としてふるまっている時は「(キュア)プリンセス」・「(キュア)フォーチュン」としています。生瀬については、ハピプリクラスタの中で定着した「ナマセルダ」を使わせて頂きました。

もし、表現などに気になる点がありましたら、ご指摘くださると幸いです。またご感想を頂けると嬉しいですので、よろしくお願い致します。

2016年8月12日 (金)

身辺整理

私の両親は今年74歳。今年になって「終活」よろしく、実家にある(実家そのものも築43年でボロボロ)いろいろな「モノ」を整理、というよりも廃棄し始めた。

まず、年代物の、もちろんCDなどをかけることのできない「4チャンネルステレオ」(読者の方でご存知の方とかいらっしゃいます?)とか、祖母に買ってもらったのに、ほとんど使わなかった天体望遠鏡など、少しでも金になりそうなものは、リサイクルショップに売った。それでも、金になりそうと期待していたものは全てロハだったそうだが。

それで目下実施中なのが、両親が若い頃や私たち兄妹が幼い頃の写真類と、私たちの日記や作文類の分別。両親は若い頃の写真を問答無用で捨てていくが、過去を忘れてしまった私にとってみれば、「懐かしい」というより「新発見」。加えて、幼い頃の写真からは、今の私の容貌は全くと言っても良いほど想像できないくらいである。

写真については、自分がほとんど分からないようなもの・写ってないものなどは捨てて、後は残すことにした。

日記については、前回休職した時に「何か手掛かりがないか」と捜索したことがあったが、ほとんど何も書いていないことが分かり落胆した覚えがある。だから全部捨てた。そして作文類については、文集になっているものしか残っていなかった。そのまま残すことにした。

「残す」としたものは、結果的に今のアパートに持っていくこととなる。どちらにしろ再び引っ越すことになった時と、また十何年先には自分の終活として分別が必要となる。

この実家の扱いも考えなくてはいけない時期になっている。私たち兄妹は、実家を出ている。妹は先日、母親に面と向かって、処分して老人ホームとかに入ってくれ、と言ったそうだ。確かに私たちは直接的な介護が難しい(と言うか現実的には「できない」)。親が要介護となった時に、私たちが相続していてもいなくても「財源」はそれしかない。「相続税」というようなことを考えれば両親自らが処分してしまった方が「得」だし、あとくされがないとは思うのでその方が良いとは思う。

両親は財産を少しでも残したくて一生懸命働いて、この家と土地を買ったのだろうが、結果的にその期待に応えることができなかったのは、本当に申し訳なく思っている。

2016年8月11日 (木)

リワーク(復職支援)プログラム11・12週目@実家にて

これを書いているのは実家。暑い!リワークのお盆休みは今日から17日までで、昨日水曜日はいつも午前中で終了するため、午前中のSSTに参加してから最寄り駅で特急に飛び乗った。そのため、実家に初めてパソコンを持ち込む形になった。その代わり、ネット環境は全くない。だから、これを掲載するのも、ほかのページを閲覧するのも、すべて「ポケットWi-Fi」経由だ。速度が出ないのと(それでもダイヤルアップやADSLよりは早い)、データ容量と相談しながら(それを考慮に入れて1GBを追加予約しておいた)のアクセスである。携帯をiPhoneにしたときに、ない頭を振り絞ってポケットWi-Fiを契約したが、それが功を奏したことになる。えらいぞ、2年前の私。

ところで、プログラム自体のことはあまり書くことがない。ただ、GM、SST、集団認知にトレーニングは出席するようにすると前の記事に書いたものの、どれも出席すると急激に眠気が襲ってきて調子が悪くなってしまう。ああいうことに気付かなかった方がよかったのかと逆に思ってしまう。

SSTや認知トレーニングが集団でない場合は、半日を事務作業の訓練に充てている。一種の伝票集計作業である。始める前は、こんなことに何か意味があるのかと思っていたが、やってみると結構面白かったりする。また、「S曲線」ではないが、だんだん効率や正確性が上がったり、逆に下がったりするのも面白い。また、やっている場所がホールだったり、ほかの訓練生などが話しかけてきたりと、決して静かな環境ではないが、実際の職場も完全にシーンとしているわけではないし、作業中に話しかけられることなどしょっちゅうなので、そういうことも含めて「訓練」だと思うことにしている。

ただ、いちばん初期のレベルがまだ終わらない。一問一問にかかる時間がほとんど変わらないからだ。正確性は上がってきているが、たまに意識が遠のいたり、単純な記入欄の間違いをしたり、ということがある。今は、切れている集中力を取り戻すことを先決と考えよう。

今週の火曜日の午後は通院だった。先月処方された薬は、「離人症」的な症状にはかなり効果があったと自分でも思うが、とにかく入眠障害と早朝覚醒がひどく、この1か月間は平均4時間程度しか眠れなかった。また、おかしな夢を見たり、入眠時の意識がおかしかったりということがあったので、中止となった。そのかわり睡眠導入剤が追加となった。

ところで今週が12週目ということは、本来の計画どおりならプログラムは終了ということである。実際に私と同時に通所を始めた2人の方が「卒業」され、もう1人の方については職場との調整中。6月頃は、私よりも順調なのが妬ましく思って会話を避けたり、そのことで調子を崩したりしたが、今では素直に「おめでとうございます」と言うことができる。

この夏の帰省に当たっては、自分が必ずしも順調ではないことを親(特に母)にどう伝えるかが最大の懸念材料だった。母から切り出してきたので、一応、まだ休んでしまうことがあること、「発達障害」的な傾向があること、休職が延期になってしまったことを伝えた。

ただ、発達障害が「治る」と思っているところがあるので、それは難しいこと、それは育て方の問題ではないことは伝えた。しかし、そうだとしても、「うつ」を繰り返すことについては、育て方が何らかの遠因となっているだろうと、当然聞かれた。

しかたがないので、例のネット情報がきっかけで被虐の人と似たところがあることが分かったということと、自分が虐待を受けたという意識はないが、強いて言えば、父が発達障害的な言動をすること、それによって夫婦間で喧嘩が絶えなかったことが、遠因と言えば遠因だろうとだけは伝えた。母はそれを聞いてどう思っただろうか。

2016年8月 1日 (月)

報告終了・疲労困憊

昨日のブログに書いた状況報告が終わった。

昨夜、再び入眠障害が出て、しかも早朝覚醒だった。ただ、約束の時間までは割と普通に過ごしていた。しかし、終わってからどっと疲れが出た。おやつとか食べたけれど、本当はあまり食欲はなく、ストレスのせいだと思う。

上司は、私の報告を聞いても、口には出さなかったが、あまり納得できていないようだった。そりゃそうだろう。もう半年も休職していて、復職のための訓練をしているのに、それに不適応を起こしているのだから。センターの方での工夫を求めているような発言もあった。それにしても、職場のことを伝えたくて仕方ないがやめているとのこと。察するにあまりいいニュースではない。

産業医には帰宅後経緯を伝言、折り返し電話があったところ、報告書をメールした。追加の面接をするかどうかを決めて頂く。

取りあえず9/12までの延長は確定。今後は1か月単位で再延長か復職かの見極めになる。

本当に疲れた。今日は早く寝よう。

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