カテゴリー「文化・芸術」の26件の記事

2014年6月 6日 (金)

「生誕100周年記念中原淳一展」

日曜日は東京のS君を水戸に呼んで、茨城県近代美術館で開かれている「中原淳一展」を見てきた。中原が昨年生誕100周年を迎えたことを記念する回顧展である。

「中原淳一」はS君に教えてもらって知った芸術家だ。東京の弥生美術館などで作品を見たことがあるが、ここまで大規模なものは私は初めてなので、S君にご足労願って一緒に鑑賞することにしたのだ。

中原は竹久夢二に憧れていた、ということもあって、戦前は、彼の影響をかなり受けている。作品のタッチもそうだが、自分の作品を小物にして専門の店で売る、というのも夢二と同じである。

戦後は、彼が一番華やかに活躍した時代だ。まだモノが満足に得られない時代に、敢えて、今で言う「ファッション」の重要性を説いた。雑誌「それいゆ」などを発行し、世の中を先導しようとした。

しかし、いちばん油が乗った頃に病に倒れてしまう。ちょうどその頃、日本は高度成長に向かっていて、大量消費社会に変わり、価値観が変わろうとしていた時代である。あえなく刊行していた雑誌は廃刊になってしまったが、もし、彼がそのまま元気でいたら、どういう方向に向かっていただろうか。

昭和30年代半ば頃までは、被服は「作る」ことが当たり前だった。私はかろうじて「既製服」という言葉を知っている世代だが、そんな言葉があったくらい、出来合いの被服を購入することは珍しかったのだ。だから彼が発行した雑誌には、デザインや、型紙、作り方が掲載されていた。

それが昭和40年代頃になると、完全に「既製服」の時代になる。私の母も洋裁学校に通ったことがあるそうなので一通りの技術があるはずだが、私は母に仕立ててもらった服を着た記憶がない。ちょうどそういう時代の変わり目に、彼は倒れてしまったのである。

だから、そういう時代に、彼がどういう「提案」をし得たのか、ということに興味があり、非常に残念でもあるのだ。

展示の休憩コーナーで実物の「それいゆ」を見ることができた。中原のファンの方のご厚意で実現できたことである。広告が繊維会社のものであったりするのが興味を引いたが、もちろんその中身である。思った以上に中原の「作品」は少ないのだ。今でいう「芸能記事」(既に亡くなってしまった方や、今や大御所の方の若いころのインタビュー記事)や生活の上の一工夫といった記事の方が多く、「総合女性雑誌」といった方がしっくりくる。「中原淳一展」とは言っているが、彼は決して「画家」というカテゴリーにくくられる人ではなく、「生活総合プロデューサー」だったのだ。

やはりこういう展覧会は、たまに行くのが良い。そのおかげか、今週は心穏やかに過ごすことができて、非常に感謝している。

2010年8月27日 (金)

びっくりするんだな

びっくりするんだな
この美術館へ「山下清」展を見に行った。この美術館のある街は、実は私が生まれたところで、「三州瓦」が有名であり、「かわら美術館」という名前になっている。

山下の展覧会は私にとって二度目。ただ今回は結構大規模な展覧会だった。

山下と言えば、どうしても「野に咲く花のように♪」と「裸の大将」を思い出してしまうが、あれは「水戸のご老公」のドラマと同じフォーマットで事実とは全く違う。放浪の旅先で絵を描くことはほとんどなかったそうだ。長いときは二年以上も放浪の旅に出て、戻ってきてから、記憶力だけをたよりに、あの細密な絵を一気に仕上げたというのだから、その才能には驚くほかはない。

山下の代名詞というべき貼絵はもちろんだが、ヨーロッパ旅行や晩年の東海道五十三次を題材にしたペン画は特に素晴らしかった。ペンは間違いが修正できないが、迷いのない力のある線が魅力だ。「五十三次」に取り組んでいる時の山下の言葉も、人柄が偲ばれて興味深かった。

平日の昼間だったが人出が多く、あまりゆっくりと見られなかったのが残念だ。特におばさまたちの集団はなぜあんなにうるさいのだろう。また、小学生より小さなお子さんは、ああいう場所は我慢できない。「情操教育」にはなりませんよ、若いお母さん。

2010年6月29日 (火)

考えるな、感じるんだ!

考えるな、感じるんだ!
碧南市にある、碧南市藤井達吉現代美術館に行った。徳島県立近代美術館の所蔵品展ということで、「20世紀の人間像」がテーマだった。

ちひろ美術館のようにこじんまりとした美術館だが非常に雰囲気が良い。

それを説明しろと言われてもできないほど半可通(1/4以下可通?)だが、「キュビスム」「フォービスム」「シュルレアリスム」といったものが主で、少し「ポップアート」があった。目玉としてピカソ、ウォーホルなどが一点ずつ展示されていた。

考えてみれば、水彩画や日本画ばかりで、油彩画をまじまじと鑑賞したのは初めてだったかもしれない。

そのピカソに代表されるキュビスムなどの表現方法だが、到底理解できないものと思っていた。でも、少ないながらも多少まとまった数があり、それらに実際に触れてみると、「これもありかな」と思ってしまうのが不思議だ。「考える」よりも「感じる」とはよく言ったものだ(とカッコつけて言ってみるテスト)。

それで鑑賞の途中から私の頭の中を延々と流れていたのは、ポール・モーリア(あるいはハイファイ・セット)の「フィーリング」。

2010年6月 9日 (水)

「さらい屋五葉」サントラ、楽しみでござる。

ここでたびたび触れさせて頂いている、MOKA☆さんが創られた「さらい屋五葉」サントラCDが、7月21日に発売でござる。

「五葉」のサントラは、視聴者からは結構評判が良いようでござる。それが満を持して発売になるのでござる。

ここに告知サイトが開設され、一部を聴くことができるでござる。

・・・ふざけているように感じられるので、口調を通常に戻すことにする。

曲の一部しか聴くことができないが、琴や尺八、三味線などの「和」の旋律に、アコーディオン(バンドネオン?)のタンゴ調のリズムが乗っかって、そして良く溶け合っていて、すごく気持ちが良い(表現と語彙が貧弱でごめんなさい)。そして子守唄のようなスキャット曲も定番になったようで嬉しい。

音の良さ以外に、MOKA☆さんのサントラの特徴である「曲数の多さ」と凝った「題名」は今回も健在だ。たった12回の作品なのに26曲以上。凝った題名としては、私が一番好きな12曲目の題名が「猪口徳利」(びっくりした)、このまま日本料理店のBGMとして流して良いように思える21曲目が「今夜の漬物」。この命名センスは面白い。

早速注文した。「しにがみのバラッド。」サントラのように愛聴盤となりそうで、発売が非常に楽しみでござる。

常用漢字表改定案のその後 補遺

今日、文化庁のウェブサイトに行ったら、答申案が載っていた。昨日問題としていた例については、「字体についての解説」として、ちゃんと触れていた。さすが文化庁、ぬかりはなく、自分の不明を恥じる。

ただ、今まで収録されていた漢字には表題字とともに旧字体が( )書きで載せてあるのに、今回追加になる字(つまり昨日問題として挙げた字)は、一般的には「旧字体」として認識されているものを表題字としていて、普段用いられる字体(通用字体、つまり少し前のJIS漢字)を載せていない。

確かに今回追加になった字は、今まで原則的に使ってこなかったのだから、「新字体」も「旧字体」もないとは言える。しかし、私が「誤解」したように、「真」と「Ten」のように「共通性」や「一貫性」がないように思えてしまう。

これは「JIS漢字表」に引っ張られてしまったせいである。混乱の元はここあるのだから、「常用漢字表」はそこからいっそのこと離れてしまったらどうだろうか。なぜなら我々は普段、字体がJIS字体であるか通用字体であるかは全く意識していないからだ。

つまり、「書けなくても情報機器で扱える漢字」を標榜するのだから、もっと割り切って次の通りにしてしまった方が、非常にすっきりする。 あくまでも表題字は通用字体とし、( )書きにJIS字体を載せるのである。

これに従えば、「Ten」は「つちへん」に「真」、「しんにょう」は「一点」が表題字になる。反対にJIS字体の「Ten」と「二点しんにょう」は( )書きにして「旧字体」とする。こうすれば、一般に認識されている「新字体」と「旧字体」の違いが、今まで収録されていた漢字と一緒になって共通性と一貫性が保たれるし、学校では今まで通り「新字体」を教えれば良いのだから混乱もなくなる。

もちろんパソコンの授業では問題が残ってしまうが、「パソコンでは字体が変わるものがある」と教えれば、「情報リテラシー」上は何ら問題はないと思うし、逆に、児童・生徒の漢字に対する興味が増すことにつながるように思う。

常用漢字表改定案のその後

 この字について、以前ここで取り上げたことがあったが、昨日、常用漢字表改定の答申案がまとまって、新聞発表になった。「一点しんにょう」か「二点しんにょう」かについてはどちらでもよく、教育現場(教科書出版会社)では、一点しんにょうにそろえられそうだという。

ではなぜ、冒頭の字がパソコンやOSによって「一点」になったり「二点」になったりするのかというのは、新聞によると、常用漢字表の「表外字」について、10年ほど前に「JIS漢字表」が改訂されたためだ。そして今回、追加された字の字体(つまり今までの表外字)は、この改訂されたJIS漢字表が元になっているのだという。

しかし問題は、「しんにょう」や「しょくへん」の違いだけではない。どうもマスコミや、しいては文科省は気がつかないふりをしているように思える。

しんにょうやしょくへんそのものは、どちらで書いても日常生活では「互換性」があると思う。しかし、特に「へん」以外の部分において、他の漢字との共通性と一貫性が非常に曖昧になってしまった。

*これから先はいちいち文字を「ペイント」で書いて、「画像」として貼り付けないといけない。めんどくさい。

例1:Choku_2 (「進ちょく」の「ちょく」)

これは「歩」・「渉」と矛盾する。これら3つの旧字体は、「ノ」の上の点はなかったので、今回この字で旧字体が復活したのであるが、「歩」は小学校で学習する字だ。「進ちょく」の「ちょく」だけ点がなく、あとは点があると教えるのだろうか?

これに似た例は、「弱」と「Deki」、「者」と「Kake」、「勤」と「Kin」、「前」と「Sen」などたくさんある。

例2:Ten (「補てん」の「てん」)

これは先ほどと同じように「真」や「慎」などと矛盾する。また、やっかいなことに、いくらJIS漢字とはいえ、デファクトスタンダードであるWindowsでは「環境依存文字」となっていて、「(常用漢字表にとっては)正常」に表示されない情報機器の方が多い。「手書きできなくても情報機器で扱える漢字」というのを標榜していることとは、相いれないのではないか。

このような例は、「峡」・「狭」と「Hoppe」、「緑」・「禄」と「Haku」などがある。

例3:Mochi

はい、例の「もち」である。私は詳しくなく申し訳ないのだが、JIS漢字表が取り入れ、改定案にも加えられたこの字体は、本当に「旧字体」なのだろうか?

同じつくりを持つ「併」の旧字体は「Awaseruold」であり、同じ部分を持つ「塀」なども同様だ。ということは、「Mochiold」が正しいのではないのか?

こうしたことは、「えひめ県」の「媛」の右側は「Enmigi_2」でないといけないのではないか、とか、逆に「かつしか」や「かさい」の「Kuzu」の左下は「ヒ」でもいいのではないか、とか、わざわざ改定常用漢字表に県名の漢字を取り入れた(私はその必要はないと思っている)はずなのに、地名の問題が出てくる。

以上(うわーめんどくさかった)は、少し揚げ足取りのようにも思えるが、まずは例1のような学校現場が混乱するような違いをどうするのか、早急に決めた方が良い。特に手書きの場合は、小学校で習う字体に合わせるべきだと私は思う。

ただ、情報機器の場合は、先に改訂してしまったJIS漢字との整合性の問題が残る。こうなってしまっては後に戻れないので、改定漢字表には「字体表」を付属させて、許容の字体を載せるしかないのではないか。

以前にも言ったが、漢字はデザインに非常に優れた文字だ。人名などの固有名詞は除いて、許容の字体をその時その時に合わせて使えるようになれば、表現の幅が広がると思う。

・・・めんどくさい作業をした割には、結論がありません。ごめんなさい。

2010年4月 4日 (日)

桜のない「さくらまつり」

100403_170234 両親が昨日こちらにやって来た。引越しの手伝いをしてもらった時以来1年数カ月ぶりだった。目的は「さくらまつり」だったのだが。。。

とにかく咲くか咲かないかの頃にものすごく冷え込んだために、全く咲いていない。しかも昨日も今日も肌寒くて、両親に全くこちらの「春」を感じてもらうことができなかった。

桜以外ほかに見せるものもないので、せっかく来てもらったのにちょっと悪いことをしたような気がする。

2010年3月29日 (月)

東京国際アニメフェア

先週水戸で会ったばかりのS君 を今度は私が訪ねる、という具合で、「東京国際アニメフェア」へ行ってきた。12年物の211万画素デジカメ(記録媒体は「スマートメディア」(死語))で、ほんの少しだけ撮ってきた写真を載せることとする。

P3280005例のごとく最大のお目当ては「プリキュア」。今週ようやく決めゼリフを決めたキュアマリンと、「その手は桑名の焼き蛤」と言葉がいちいち古臭いキュアブロッサムのお二人。ショーは撮影禁止だが、たまたま、小さなお友達(大きなお友達もいたけど)と一緒に写真を撮ることができる時間限定のコーナーの前に通りかかって、撮らせてもらったもの。

ショーはオープニング、エンディングのミニライブの後が圧巻だった。はじめは代わる代わる出てきた「オールスターズ」が、最後の最後に非常に狭いステージ上に17人全員が勢ぞろいして踊りだした。いや、ほんとにど迫力。

それにしても、こうやって見ると、今回の「ハートキャッチ」がいちばん「造形的」に着ぐるみ(中なんかいない!)に向いているような気がした。「フレッシュ」は等身が高い分だけバランスを欠いている。今回は4頭身半くらいなので、ちょうど良い感じなのである。

足が棒になるほど歩きまわったり、いろいろなショーを立ちっぱなしで見たりしたのだけれど、撮ったものが偏っているので、並べてみるだけにする。

P3280006 P3280008 声優がサインした番宣ポスターがほとんどであったオークションの出品物の中で、いちばん異彩を放っていたもの。鷲宮町は久喜市と合併するが、「かがみん」と「つかさ」は、引き続き新しい久喜市のマスコット市民になるのだろうか?

P3280009_2 P3280013_2 「ひだまりスケッチ」から「ゆの」が使用している目覚まし時計と「ブルータス」。「ブルータス」の裏には、阿澄さんと松来さんのサインで、よく見ると「吉野屋(30)」とあります。

。。。はい、写真はこれだけ。S君お気に入りの「夢色パティシエール」のショーも楽しかったし、こちらのショーも(ノリが)懐かしくて感無量でした。それにしても「バン○イ」は昔からああいう商売してたのですね(笑)。

結果的にはこの2週間、散財しまくりなのでした。。。

「アニメーション(animation)」とは元々「命や活気を吹き込むこと」を意味するので、

この国に「アニメ」とふ名の文化あり 命は絵のみに吹き込まるるにあらず

2010年3月22日 (月)

「コミケットスペシャル5 in 水戸」点描

今日も水戸へ行った。昨日とは打って変わって非常に穏やかな天気だった。

100322_1148180 ただ、昨日のつもりで自宅を出て、水戸駅からバスに乗って、11時40分頃水戸芸術館前広場に到着するも、「最後尾は三の丸庁舎になります」とのこと。結局元来た道を約1キロ戻るはめになった。三の丸庁舎にもすでに長い列ができていた。

そのあとはスタッフの方々の誘導で、一定の固まりごとにぞろぞろと芸術館へ向かった。芸術館に戻ってきたのは12時20分頃。ここまでで40分かかっているが、それほど「待っている」という感覚はなかった。動かない長い列は、待たされる人間にとって、それだけで気が滅入ってしまう。少しでも前に進んでいれば、例え長い距離を歩いていても、そして結局は同じ時間だったとしても、感覚的に気分が違うものなのだ。トラブルなく整然と大勢の参加者をさばくスタッフの方々の計画力と実行力、そしてご苦労に本当に頭が下がる。

会場には入れたのは、12時50分頃。展示スペースが始まる2階は、もうごった返していて、なかなか前へ進めない。でも、お目当てだった、私の好きなアニメを扱ったサークルさん(寂しいことに2サークルしかなかった)の本はしっかり買うことができ、少し談笑も出来て、そこでほとんど目的が済んでしまった。それでも会場には14時半頃までいた。本当に何してたんだろう(苦笑)。

100322_150101 100322_142531 即売会会場は元は百貨店だったところで、通りの向かい側に移転してからずっと空きビル。4年も眠っていたビルは、階段は埃ですすけ、また、出口になっていた1階部分は、食品冷凍ケースやPOSレジがそのまま放置されており、会場の賑やかさとは対照的な物悲しさを誘った。建物とは、使わなくなると急激に劣化するものだということが良く分かった。実際、今回のイベントは「街おこし」がテーマでもあるので、水戸市も積極的に協力しているが、新聞の地方版によれば、この眠ったビルを使えるように再整備する(電気、水、消防設備等)のに、非常に苦労したという。

それからは、水戸駅までずっと歩いた。昨日、面白そうなものに目星をつけていたので、それを確認しながらである。

まずは、各商店の店先に飾られた協賛社(者)からのお祝いの花飾り。これだけで通りが本当に明るくなる。そこに添えられたメッセージボードは、大抵は「開催おめでとうございます」といったものなのだが、中にはこんな冗談のようなものも多数紛れ込んでいて、一つ一つ確認するのが面白かった。

100322_150408 E531系普通列車のグリーン車に乗る方は後750円が必要、ましてや特急に乗る方は自由席で1,810円が必要です。

100322_151320 驚いたことに、亡くなったはずのコミケ創始者米澤氏からも。但し、あくまでも「故」ではなく「前」である。また、会場のいたるところで米澤氏の「たずね人」の張り紙があり、スタッフや参加者が、日本のPOPカルチャー界に偉大なる足跡を残した氏を尊敬していたことはもちろんのこと、いかに慕っていたのかが偲ばれた。(しかし、一体誰がこんなことを思いついたのだろう?)

100322_150942 昨日少しここで触れた魚屋さんの店先。やはり「カレーつくってみました」の張り紙は、小さいながらもインパクトが大きかったようで、今日は右側に「twitterで話題になったらしいので」とさらに意気込み、「シーフードカレー」の張り紙。下に「※昨日はポークカレーでした」の添え書きも楽しい。

100322_153912 これも昨日触れた写真屋さんの店先。普段なら結婚式やお見合い写真の見本が並ぶのに、レイヤーの写真が飾ってある。ただ、「ようこそ!!」の下には申し訳程度に2枚だけ本来の写真があるのも、なかなかしゃれている。(実はうっかり見過ごして、これを撮るためだけにもう一度駅からここまで戻ってきたというオマケ付き)

100322_1515350_2 「痛車」を発見。実物を間近で見たのは初めてである。他にもあったのだろうか。

100322_151906 オマケ。まさか「アニメイト」で「カレー」の幟を見ることになろうとは。

かように、「非日常」が「日常」のいたるところに紛れ込んでいる光景を見るのは、本当に楽しかった。街の皆さん、スタッフの皆さん、参加者の皆さん、本当に楽しいイベントをありがとうございました。

明日からはまた普通の「日常」が戻る(私も)。本当の「街おこし」はこれから。でも、こうしたイベントが何かの「種」になって育っていくことを願う。

水戸の街に一陣の「萌え」の風吹けり 街おこしの種 芽吹かむことを

・・・かなり字余り。

2010年3月21日 (日)

パワー

コミケットスペシャル一日目は、結局、遠方からはるばるいらっしゃった人達にとって、春の嵐のまま終わった。JRは終日乱れっぱなしで、ただでさえ慣れない場所で、余計に疲れたことだろう。

それにしてもすごい人出だった。東京ではないのでたかが知れているのではないかと思っていたが、甘かった。

そして、街中が応援している。どう考えても、普通の人達には理解しがたいイベントだ。それが、至るところにポスターが貼ってあるのはもちろん、普段なら成人式やお見合いの写真を飾っているような写真屋さんの店先に、レイヤーの写真が飾ってあったり、メニューにないカレーをわざわざ出す定食屋さんがあったり、と、明らかに「非日常」が「日常」のようになっている。

私自身、普通のコミケやオンリーとは違う、「パワー」のようなものを感じていたのか、いつになく昂揚した気分だった。

その裏には、スタッフの綿密な、としか言いようのない準備と、それに伴う想像を絶する苦労があったはずだ。本当に頭が下がる。

「街おこし」はこういうことで単純に達せられるものではない。ただ、確かに何らかの効果は生まれる、と感じられた一日だった。

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