カテゴリー「嫌いなもの」の6件の記事

2017年11月 7日 (火)

違和感の正体(多少毒を含みますので閲覧注意)

突然ですが、この場では話したことがないようなので、ちょっと叫んでみます。

「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる」という言葉が大嫌いです!

いろんなところで聞かされてきた言葉ですが、そのたびに嫌な思いをし、この言葉が嫌いで嫌いで仕方がありませんでした。確かにそうだとは思う部分もありますが、違和感がぬぐえなかったのです。

カウンセラーや産業医などにも繰り返しその旨は伝えてきましたが、その理由を聞かれてもうまく説明ができませんでした。

もちろん、心の底にある「変わりたくない」という意固地が最大の原因でしょう。また、これを聞かされるたびに、自分の「過去」を全否定された気分になって、ただでさえ後悔ばかりで嫌になっているのに、ますます追い打ちをかけられた気持ちになるからということもあります。人に聞かれた時の取りあえずの回答はだいたいこんなものだったと思います。

ですが、今朝、Twitterのフォロワーさんとのやり取りの中で、はたと気が付きました。

つまりは、この言葉は、「他人にかけるべき言葉ではない」という単純なことだったわけです。

ここからは「レトリック」の世界になりますが、こういうことです。

こういう言葉を発する人は、だいたい、社会的に成功した人とか、あるいはそういう人が書いた著作などから知恵を仕入れた上司です。実際私の場合もそうでした。

この言葉の裏には、結局「こういう考え方で生きなさい」という隠れた「命令」があります。ここでちょっと考えてみてください。

自ら「他人は変えられない」と言っているわけでしょ?自己矛盾なわけです。

だからこういう言葉は、自分で気付いたとしても誰かに伝える(特に上の立場から)ことではないのです。せいぜい許されるのは、同じような悩みを抱えている人同士か、カウンセラー、精神科医くらいなものでしょうね。しかし、それも効果はあまりないと思います。

やっと「長年の宿題」が解けたような気がしています。

まあでも、そういう考え方しかできない人間になった結果が、こうなんですけどね。

2010年6月 6日 (日)

エクストラ

「題名のない・・・」、サッカー特集ですか。あの「おお~!にいっぽ~ん!」ってどうしても好きになれないなあ。私がサッカーや最近のスポーツ中継があまり好きじゃないのはそういう理由。

こういう応援をするのと自国が好きなのとは別。

ハートキャッチプリキュア第18話

・番長の視線を浴びても、つぼみだけ色がある。つぼみだけ事情を分かっていない、という演出として秀逸。

・どんな番長たちやねん。>ラーメン番長、パソコン番長・・・

・なんという、番長のママ。ぷんぷん!w さとうたまおw

・あの番長の視線の光は、「ダークプリキュア」に匹敵しますね。

・プリキュアの漫画、かわいいじゃないかw でももう一般の人に存在を知られているんですね。

・ファンの予想通り、島本の世界。二人がアシスタントだと、ああなるよね。ただ、今は同人誌の世界でも、結構デジタル化が進んでいるんだよね。。。

・猛烈に感動している(これ同時に言えました)、なんじゃこりゃ~!! もう、パロディの連続。しかもネタが古い。

・自分の作りだしたデザトリアンに利用されてる。デザトリアンは自分のインクにコケてる。

・久しぶりに「堪忍袋の緒が切れました!」を聞いたような気がする。

・さて番長は、関・・ではなく、置鮎さんでしたか。さすがにそこまではできないか。ママは17歳教教祖ですね。

これから両親が来ます。私もおおっぴらに「プリキュアを見てます」(気がついてはいるだろうけど)なんて言えない・・・

2009年12月14日 (月)

許せない

先日のメールの話はまだ終わっていなかった。

見識が低い」ときたもんだ。

あなたにどんな「見識」があるのかは存じませんが、こういう言葉は普通の「見識」なら、評論か、はたまた論戦にしか使ってはいけない言葉だ、ということをご存じないのか。

先日ここに、人間には「話し言葉人間」と「書き言葉人間」とがある、という記事を書いたことがあったが、「見識」などという言葉が出てくるくらいだから、彼も「書き言葉人間」だ。そして、「書き言葉人間」同士がぶつかると、得てしてこういうことが起こる。

私もいちいちこんなことに振り回されていてどうかと思う。しかし、人間には言ってよい言葉と悪い言葉がある。どんなことがあっても、私は絶対に彼を許さない。

・・・人をこんなに憎く思ったことは初めてだ。こんな感情が自分にあることが怖い。

2009年3月18日 (水)

だから嫌いなんだってば!!!

今朝、出勤途中、いきなり「ダックスフント」(だと思う)が、いきなり牙をむいて、唸りを上げながら、こちらに近づいてきた。私は、以前ここで書いたように、犬が苦手である。どんなに小型犬でもだめなのだ。

こうなると私はおろおろしてしまって、後退するしかない。しかし、その犬はなお唸りを上げてこちらに向かってくる。逃げたくても、割りと大きな通りなので、車道に出れば車にはねられるかもしれない。どうしようもなく、おろおろしていると、飼い主が、「こら、だめよ。ごめんなさいね」などとのこのこ出てきた。

何でリードを放すんだ!しかも犬が唸りを上げているのだから、声は聞こえていたはずだ。どうして飛んでこないんだ!私が逃げて車にはねられたら、責任取れるのか?なんで、もっと謝らない!!!

一部の「愛犬家」と称する人間は、「犬を嫌いな人間などいない」と思い込んでいる。以前にも、駅前の広場で小型犬が私の周りをいきなり回りだして、私がどうしようもなく立ちすくんでいると、飼い主が「大丈夫ですよ。何もしませんから」ときた。馬鹿か!!たとえ何もしなかったとしても、苦手な人間にとっては、「何かするのではないか」と思うのだ。

あと、人ごみに連れてくる輩。食べ物を扱っている露店に犬を連れてくるのを見ると、こいつ何を考えているんだと思う。

こういう輩は、本当に動物を愛してなんかいない。本当に愛していれば、ちゃんとしつけ、その動物が周囲に迷惑をかけるような行為をしたら、きちんと叱るものだ。最近、何もしないで「自由」にさせることが、動物への「愛情」と思い込んでいる輩ばかりで、本当に頭に来る。

・・・こうやって書いていたら、また余計に腹が立ってきてしまった。

2008年11月 9日 (日)

嫌いなもの総ざらえ・・・

いつの間にか11月に入ってしまった。このところ少し更新がご無沙汰で、その間にも世の中には、「TK詐欺事件」とか「オバマ当選」とかいろいとあったし、個人的にも実家の法事とか、「新環境1か月」とか、はじめての「本格的」出張とかあった。しかし、金曜日からあまりにも機嫌が悪く、また昨日今日と陰鬱な天気が続いているので、少し「ガス抜き」をしたく、10/21の「今日もだめ・・・」の記事の「嫌いなもの」と、最近気がついた嫌いなものを、改めて「総ざらえ」する。これを読んで反発を感じられる方もいらっしゃると思うが、所詮「戯言(たわごと・ざれごと)」なので、ご容赦願いたい。

◆前向き、ポジティブ思考、未来志向の押し付け:そんなにムリしなくても・・・。「ネガティブ」がそんなに悪いこと?

◆勝ち組、「セレブ」気取り:まあ、今の経済急減速が少しは「お灸」になってくれればいいのですけど。(負け犬の遠吠え)

◆成果主義:会社の「人件費抑制」のための方便にすぎぬ。

◆整理・整頓:ごめんなさい、どうしてもできないんです。

◆自助努力、自己責任:「成果主義」と似ている。国民の生活と生命ももろくに守れぬ政府が「何もしない」ための方便。

◆数値化、「見える(見せる)化」:「数値」で表せないことの方に意味があると思いたいね。後者は、会社経営のためのキーワードらしいが、「語感」からも気持ち悪い言葉。「気持ち悪い」言葉は根付いてもらいたくない。

◆会社は株主のもの:これは「アメリカ」の価値観(幻想)の押しつけ。これのおかげで日本の企業文化はダメになったし、本家「アメリカ」もずっこけて世界が大混乱に陥っている。会社は「従業員」がいなければ何もできないはず。

◆死:自分の「悩み」の根底に澱んでいるもの。

◆地震、雷、火事(消防車のサイレンも)、血:「死」を連想させる。特に「地震」と「雷」はいつ起こるか分からないので、余計怖い。

◆犬、(一部の)愛犬家:まあ、動物は全般に苦手であるが、別に噛まれた経験があるわけでもないのに特に犬が嫌いである。前世で何か因縁があるのだろうか。後者は、「世の中の人はすべて犬が好きである(犬が嫌いな人がいるわけがない)」、「自分の【子】(この言い方も嫌い)がいちばん」という思い込みが嫌い。この傾向は猫好きよりも強いような気がする。

◆ニュースショウ、医学番組:大げさすぎて、何も「報道」していない。後者は、どんな生活をしていても、あまねく「死」を招くらしい。

◆路上喫煙・歩行喫煙:たばこを吸うなとは言わない。ただ、関係のない非喫煙者に煙を吸わすな。後者は、やけどを負わせる恐れも高い。

◆蛍光管が切れかかっている看板や一部が点灯しないネオンサイン:「看板」でしょ?店や会社の「顔」でしょ?メンテナンスできないのなら出すな。

◆MacDonaldのハッピーセットのCM:CMというのは得てして「あざとい」ものだが、それを子供が演じているから、なおさらいやだ。大したおもちゃでもないのに、「Wow、Wow」と叫ぶ(叫ばせる)のもね。

◆ディズニーアニメ:色遣いが気持ち悪い。最近はフルCGの3Dだから余計気持ち悪い。また、お話の曲解と「感動」の押しつけも。

◆アメリカ:世界破滅の張本人。価値観の押しつけ。「ネオコン」敗退万歳!ただ、「オバマ」でどこまで「Change」できるか。

◆政治家:ま、言わずもがな。

◆おバカタレント:「演じている」とすればすごいが、どうもそうも思えなくて、存在自体がよく分からない。そもそも「タレント」って、「才能」のことでしょ?私がひっかかるのは、そこである。

◆労働組合:「政治家」になり下がっている。組合員の生活が守れないから、「政治(特に選挙)活動」へむりやり目を向けさせよう(目を逸らさせよう)としている。その「選挙活動」に組合員は「辟易」しているのに、気が付いていない。

◆○○JAPAN:サッカーや野球などのスポーツの日本代表チームを呼ぶ時に、監督の名前を「JAPAN」の前に付けるやり方のことを言っている。日本代表は別にその監督のものではない。単に「日本代表」でいいじゃないか。

◆バレーボール応援の「ニッポン・チャチャチャ」、サッカー応援の「アイーダ」:すごく嫌。「全体主義」っぽくて大嫌い。それをあおるマスコミも嫌い。ついでに、大して詳しくもないアイドルをスポーツ中継に連れてくるのも。

・・・あかん、こうやって好き勝手書いても、どうもイライラがおさまらないのはどうしてだろう。でも、第2弾以降もあるかもしれぬ。

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